トマトコーラの正体とは? 発酵に魅せられたシェフが鎌倉で供する、時間を味わうような「おいしさ」~小町通りのenso
鎌倉だから、おいしい 第二章 #14
鎌倉で育ち、今も鎌倉に住み、当地を愛し続ける作家の甘糟りり子氏。食に関するエッセイも多い氏が、鎌倉だから味わえる美味のあれこれをお届けする。今回は、「発酵」の世界に魅せられたシェフの遊び心とトライアルにあふれる小町通りの「エンソウ」のおいしさを。 【画像】これがトマトコーラ
トマトコーラをご存知ですか?
「トマトコーラ」をご存知だろうか? 「エンソウ」というレストランで生まれて初めて、それを味わった。 確かにコーラなんだけれど、確かにトマトの味がする。炭酸の奥にトマト特有の酸味が潜んでいて、飲んだ後からそれが効いてくる……ような気がした。これはもしかすると、私の記憶にあるトマトの酸味がトマトのエッセンスによって蘇り、実際には舌で感じていない味覚が心の中で再現されているのだろうか。なーんて、理屈っぽいなあ、私は。 このコーラは発酵させたトマトを濾して、カルダモンやシナモンなどのスパイスと合わせ、ソーダで割ったものだそう。おいしかったし、おどろきがあった。 そう、「おどろき」。これは私がレストランに一番求めているものだ。単に「おいしい」だけでなくて、何これ?と思う瞬間を求めて、あちこちに足を運んでいる。 エンソウはグルメサイトなどではフレンチもしくはイノベーティヴとジャンル分けされるのだろうが、私の頭の中では「発酵」というジャンルに収まっている。さまざまな食材を発酵させ、メニューに落とし込むのが、こちらのシェフである藤井さんの個性だ。 例えば、フライドポテトに添えられているマスタードはイエローパプリカを発酵させたもの。例えば、半熟卵には28ヶ月発酵させたイカで作られたマヨネーズ。例えば、和牛のフリットには発酵牛醤エシャロットソース。などなど。 彼が発酵のおもしろさを発見したのは東京のレストラングループで働いていた頃である。伝統的かつ革新的な、かの「レファルベソンス」での研修中のことだった。そこで発酵の手法に触れ、ハマったそう。 いわく「発酵って料理の技術ではあるんだけれど、飼育みたいじゃないですか。それがおもしろくて」とのこと。 鎌倉のエンソウで働くようになり、資料を集めて読んだり、YouTubeを見たり、独学で発酵の知識を増やしていった。 店の入り口から見える棚には藤井さんが発酵させている数々の食材が瓶詰めにされ、ずらりと並んでいる。瓶の中であらゆる野菜や魚などの食材が微生物と一緒に「その時」を待っている。この棚は、いわば彼の実験室。瓶の正面にはそれぞれの食材がイラストで描かれていて、一見の価値あり。イラストは藤井さんによるものだ。ここに収まりきらないものは店の奥に置かれているそう。