韓国の文学賞を席巻する若手小説家ソ・イジェ。日本映画の影響で映画監督を志した過去
映画は「おばあさんになってから撮る」その理由は?
イジェ 「大学で『いい映画をつくるには、まず良いシナリオを書くべき』と学んだんです。撮りたい映画の構想が決まっていたので、シナリオをしっかり書かなければと考えるうちに、自分はナラティブ(物語)に関心があるのだと気づきました。 文章を書いたらどんな作品ができるのだろうという関心を持ち始め、大学を卒業するころに小説を書くようになりました」 韓国では、出版社や新聞社に作品を送り、デビューするコースが定番だという。イジェさんも文芸誌に送った小説「セルロイドフィルムのための禅」が2018年に『文学と社会』新人文学賞を受賞し、デビューを果たした。 イジェさんの作品を読んでいると、その独特な文体に引き込まれる。改行がほとんどなく、登場人物の頭の中がそのままにさらけだされているような感覚を覚える。『0%に向かって』に収録されている一番目の「迷信」から順番に読んでいくと、登場人物たちが社会の中で逡巡する姿が伝わってくるのだ。 イジェ 「この作品を一冊まとめるときに意識していたのは、アナログからデジタルへの変化でした。大学時代にはまだフィルムで映画を撮っていましたが、約10年前、大学を卒業するころがデジタルに移行する過渡期でした。いまはもうフィルムで撮影することはほとんどないと思います。 でも、ソウルの中でもウルチロ(乙支路)やチョンノ(鍾路)のあたりを歩くと、いまだに昔の様子が残っているんです。そのあたりを歩きながら、すべてのものがデジタルに向かっているわけではないのだなと思いました。そういう感覚を本に残したいと思ったんです」 イジェさんの小説は、最初こそ、オフビートな香りに注目したくなるし、そこに惹かれるものがあるが、表題の『0%に向かって』を読むと、独立映画を通じて若者だけでなく現代を生きる幅広い年齢の人々の姿が見えるようになっている。 その中に、独立映画を映画館で見たあとに主人公に話しかけてくる1945年生まれのおばあさんが出てくる。老人福祉センターで映画製作を学んで、自分の映画も撮っているという人だ。その人物が、イジェさんにとっての“理想”だという。 イジェ 「私は自分がおばあさんになったときに、自分の日常を映画にしたいんです。必ずしも映画館で上映したいということではないのですが、年を取った自分が日常を撮って、誰かとそれを共有したい。そんなことを小説には書いています。 今は映画館の運営も厳しく、映画界の現状に絶望的な気持ちを覚えることは多いのですが、ときどき独立映画を上映しているミニシアターが人でいっぱいになっているのを見ると、希望が持てます。そう思うと、年を取ることもいいことだと思えますよね」 イジェさんは、小説を書き続けられると確信した瞬間のことを「何も起こらない失敗」という言葉で説明してくれた。