酒井若菜の俳優としての軌跡 『IWGP』の黒ギャルから『おむすび』での“良き母”へ
『おむすび』“普通の母親”役では終わらなさそうな酒井若菜
昨年、全3話で放送された土曜ドラマ『Shrink ―精神科医ヨワイ―』(NHK総合)では主人公・弱井(中村倫也)のクリニックで患者のケアにあたる精神保健福祉士の岩国を演じた。精神保健福祉士とは、精神的な障害を抱えた人の生活や社会復帰をサポートする仕事で、“人生の伴走者”とも言える。岩国の患者に接する姿勢はまさにそれで、特に印象的だったのは第2話で双極性障害の患者が早く仕事に復帰するため、生活訓練施設に毎日通うと言い出す場面。岩国はすかさず「ダメ! 最初は2日くらいから」と静止するが、そこに威圧感はない。こういった率直な物言いのキャラクターでも、親しみを持たせつつ、相手を思いやる気持ちが視聴者にも伝わってくる演技が魅力だ。 一方、NHKの特集ドラマ『むこう岸』ではパニック障害と鬱病を患い、生活保護を受けて娘2人と暮らす母親を熱演。娘の何気ない一言で心の糸が切れ、金切り声を上げながら泣く壮絶な演技に圧倒された。『若草物語 ー恋する姉妹と恋せぬ私ー』(日本テレビ系)では上司からのセクハラ被害に遭うハローワークの職員を演じ、その苦しい胸の内を繊細に表現するなど、いずれの作品でも実際の出番以上にインパクトを残し続けている酒井。 『おむすび』で演じている幸子役でもリアルな母親像を打ち出しているが、どこか普通の母親では終わらなさそうな雰囲気がある。第14週の予告で聞こえてきた「いや」という幸子の台詞も気になるところだが、それ以上に関心を引かれたのは幸子と結の母・愛子(麻生久美子)が一触即発の空気になっているシーンだ。実は酒井と麻生はともに、デビュー年が1995年。麻生も2000代前半に『時効警察』シリーズ(テレビ朝日系) でヒロイン・しずかをコミカルに演じて人気を博し、長年のキャリアで培った確かな演技力で本作に安定感をもたらしている。今年でデビュー 30周年を迎える2人のバトルにも注目だ。
苫とり子