想像を絶する48年の死刑囚生活「袴田事件」 無罪判決が踏み込んだ「3つのねつ造」【2024年の重要判例】
●判決の評価
袴田さんは「世界で最も長い期間拘置された死刑囚」とされています。 我が国において、死刑執行はその当日に告知されます(大阪地裁令和6年4月15日判決)。つまり袴田さんは、48年もの間、死と隣り合わせの獄中生活を強いられていたことになります。 しかもその長期間の非常に強い心理的プレッシャーが、捜査機関のねつ造によってもたらされたとしたら、その非人道性は想像を絶するものです。 本裁判を通じて、再審法の規定の不備が注目され、超党派の国会議員によって再審法改正の議連が結成されるなど、法改正の動きも出てきています。 ここでは、法律家として感じたことをいくつか説明します。 【自白の任意性】 刑事訴訟法上、自白は任意にされたものでない疑いがあれば、証拠能力が否定され、証拠として扱われません(本件では職権により証拠排除されています)。 自白は犯人性を決める上で重要な位置を占めることから、「証拠の女王」と呼ばれてきました。自白を強いるために、拷問が行われてきた歴史もあります。 このような歴史的経緯から、自白を証拠とするには任意性が要求されるようになりました。 ただ、実務上、自白の任意性が認められない事案はかなり少ないです(自白の任意性や証拠排除について明確には言及せず、自白調書を除いても有罪認定できる、という裁判例もありますし、検察官が調書を使わずに立証することも増えたので、任意性が問題になるケースは実際にはもう少し多いかもしれませんが)。 また、検察官調書が排除される場合には、警察官調書が排除される結果、それに影響された検察官調書もまた任意性がないとされるように、検察官の取調べそのものが問題になるケースはほとんどありませんでした。 本判決では、検察官が警察官と立ち代わり取り調べたこと、わざわざ警察署に出向いて取調べをしたことなどから、検察官調書自体の任意性がないとして、証拠排除しています。 このように、検察官の取調べの手法自体を指摘し、任意性で排除したのは捜査機関へのメッセージ性があるように感じます。 【ねつ造という単語の強さと判決の確定】 裁判所が「ねつ造」という単語を使って認定したことも驚きでした。「3つのねつ造」というのは印象的で、非常に強い言葉であると感じました。 私が最初に判決文を読んだ時に思ったのは、「この文言のみで控訴の対象になるのではないか」ということです。 本判決の認定自体は、検察庁もある程度想定内であったと思われます。たとえば、「事件後に第三者が現場に遺留した可能性が高く、犯人性を基礎付ける事情ではない」といった表現であれば、確実に検察官控訴はなかったでしょう。 他方で、故意さらには(日常用語での)悪意も含意した文言を判決で用いたことで、検察庁としては承服できず控訴せざるを得なくなるのではないかと危惧しました。 結果として控訴されず確定したことに、(おおむね控訴されない方向ではないかと思いつつ)私は少し驚くとともに安堵しました。 【証拠開示と再審法】 事案の概要でも述べたとおり、第2次再審請求において検察官が証拠開示したのはあくまで「任意」です。法律上、再審公判で検察官に証拠開示させる規定はありません。 本件では裁判所からの働きかけがあって、それを検察官が応じたことにより、証拠開示が実現しました。 再審は、袴田事件を例に挙げるまでもなく、誤った確定判決を是正させるほぼ唯一の手段です。 また、事件から時間が経ってから再審請求されることも多く、元被告人や弁護人側に十分な証拠収集ができない場合がほとんどです。手続の重要性に比して、元被告人の採り得る手段があまりにも脆弱です。 再審の手続法的観点からの整備は法改正の1つの焦点ですが、「開かずの扉」とも称される再審が適切に運用されるようになるのか、今後の動きが注目されます。 【取材協力弁護士】 神尾 尊礼(かみお・たかひろ)弁護士 東京大学法学部・法科大学院卒。2007年弁護士登録。埼玉弁護士会。一般民事事件、刑事事件から家事事件、企業法務まで幅広く担当。企業法務は特に医療分野と教育分野に力を入れている。 事務所名:東京スタートアップ法律事務所 事務所URL:https://tokyo-startup-law.or.jp/