伊藤詩織さん勝訴、刑事と民事で判断が分かれた理由とは
検察は山口敬之氏の準強姦容疑を不起訴とし、検察審査会もこの判断を相当だとしています。では、なぜ民事裁判の一審判決は伊藤詩織さんに軍配を上げ、刑事と民事で結論が分かれたのでしょうか。
民事と刑事では求められる立証のレベルに差
まず、刑事事件として立件することの難しさが挙げられます。準強姦罪は被害者がアルコールや薬物の影響で酩酊状態にあるなど、著しく抵抗困難な状態だったことが条件です。強姦罪のような暴行は不要なので、被害者に痕跡が残りませんし、その記憶もあいまいです。 しかも、故意がなければ成立しないので、たとえ被害者が合意できる状態になくても、犯人においてこれを認識できていなければなりません。こうした事件では「少なくとも自分は合意の上だと思い込んでいた」といった弁解が付き物です。犯人と被害者の関係や事件の経緯・状況、その後の行動などを総合的に考慮し、判断せざるを得ません。 事件直後に告訴があり、鑑定で被害者から薬物が検出されたとか、血中のアルコール濃度が異常に高かったとか、共犯者がいて自白しているといった事実があれば話は簡単です。しかし、今回のように1対1の密室における事件で、告訴まで日にちが空いている場合だと、見極めは困難です。 事件前に千鳥足で嘔吐していたとしても、犯人は「室内で少し休んだら酔いも冷めて落ち着き、意識もはっきりしていた」といった弁解をしますから、これを覆せるだけの確たる証拠が必要です。どれだけ卑劣かつ悪質な事件でも、「疑わしきは罰せず」という刑事司法の大原則を曲げることなどできないからです。 そこで検察は、山口氏を不起訴にしたわけです。証拠がない「嫌疑なし」ではなく、有罪立証できるだけの証拠が足らないという「嫌疑不十分」でした。推定無罪の原則に従った形です。 一方、民事と刑事では求められる立証のレベルが異なります。後者のほうが遥かにハードルが高くなっています。刑罰を科して権利を制限する刑事と、金銭的な解決を目指し、和解まで可能な民事とでは、その目的に大きな違いがあるからです。現に実務では、同じ事件なのに結論が異なることはよくあります。