<トランプに任せて大丈夫?>中国の過剰生産対策に乱暴な関税政策 アメリカの議論はなぜ劣化したか
フィナンシャル・タイムズ紙(FT)経済担当コメンテーターのウルフが、6月12日付論説‘Tariffs are bad policy, but good politics’で、関税は良い政治かもしれないが悪い政策だ、経済への介入が必要な場合はあり得るが関税が最善な手段であることはほとんどないと述べている。ウルフの主たる論理は次の通り。 関税は、当初は「輸入代替品に限定した為替切り下げ」のような効果を持つ。輸入の減少は外貨購入の必要を減少させ、自国通貨を強くすることを通じて競争力のある生産者の輸出競争力を低下させる。 ピーターソン国際経済研究所(PIIE)の研究は、トランプの一律10%関税案は「逆進的な減税に等しい」ことを示している。所得分配の面でも逆進的(低所得者に不利)だ。 バイデンの電気自動車(EV)産業支援は、うまく行かない。米国のEV市場は国内生産者を世界的に競争力のあるものにするには小さすぎる。 幼稚産業論など市場介入を正当化する合理的な議論はありうる。しかし、スムートとホーリーが悪名高い関税を発案した1930年代のような貿易政策に戻ることは完全に狂気だ。 国内産業支援のための関税政策は、非効率で、逆進的であり、ほぼ確実に報復を引き起こす。関税は、「政治には良いが、悪い政策だ」。 * * *
やるべきはWTOの再起動
このウルフの論説は緻密な議論を展開しており、説得力がある。ウルフは、関税に強く反対するが、補助金には絶対反対というわけではない。 同氏は、自由主義万能論者や完全自由貿易論者ではない。かといって無原則な経済介入論者でもない。これが国際化した世界での最善の立ち位置と言えるであろう。 一般論として、関税が低所得者層にとり逆進的であることは、重要な指摘だ。つまり、関税政策は高所得者よりも低所得者に不利に働く。PIIEの論文は他所でも引用されている。 トランプの関税政策は、乱暴な政治論だ。「もしトラ」になったらどうするか、心配が募る。 米国の議論は、なぜこんなに劣化したのか。環境と貿易の問題や中国の過剰生産問題は、真面目で、真正な問題である。 世界貿易機関(WTO)が機能していれば、WTOはこれらを議論し、協力的解決を図る重要な場所となったはずだ。米国がWTOに対してやってきたこと(例えば、紛争処理制度の最終審に当たる上級パネルの委員の選考を阻止して機能不全に陥れた、など)の弊害が、ブーメランのように返ってきているように思える。 WTOを再起動すべきである。多国間主義は、厄介だが、それは米国の利益にもなってきた。そういうところでやれば米国の問題提起や主張には米国の想像以上に支持もあったのではないか。 米国は自らの力を過小評価している。自分の力を過小評価すればするほど、自分の威信や影響力も失うことになる。米国は、そろそろそれを悟るべきだ。
岡崎研究所