名酒物語(10月11日)
作家と酒は切っても切れない間柄か。創作の糧か、産みの苦しみを癒やしたり、現実から逃避したりしたいためなのか。エピソードは尽きない▼井伏鱒二は自宅があった東京郊外の荻窪から新宿にかけて、中央線周辺の酒場をはしごした。通り道は「井伏ロード」と呼ばれた。酒豪で知られる立原正秋は1日3升飲んでも決して乱れず、〈酒が伴侶である〉と随筆に書いた。三島由紀夫は同業者が集まるようなバーを避け、正装して銀座の高級クラブに出入りしていた。畏[かしこ]まる酒席が好みだったという(「作家の酒」平凡社)▼福島県の地酒の魅力を国内外に発信する取り組みが始まった。県は「ふくしまの酒地域案内人」として、宿泊業や小売業に携わる40人を認定した。知名度を上げ、県産酒に触れる機会が少なかった人たちにも、おいしさを広める。実りの秋は、冷やおろしが出回る季節。各蔵元の一押し銘柄に相性の良い地場産珍味も伝えたいところだ▼キャッチコピーは「ふくしまの酒と。」―。あえて余韻を持たせた。続く文脈をどう紡ごうか。今宵、文豪気分で考えを巡らせる。芳醇[ほうじゅん]な郷土愛が、世界の左党をとりこにする―。そんな物語に酔いしれたい。<2024・10・11>