「物理は質量がすべて」と言える理由…なぜ「重さ」ではダメで「質量」でないといけないのか?
なぜ「重さ」ではダメなのか
というわけで、まず、「質量」の定義から考えていこう。質量という言葉自体、あまり日常的に使われることがない。その理由は日常生活において質量が直接問題になることはまずないからである。質量にいちばん近い概念で日常的に使われる言葉は「重さ」である。じゃあ、なんで「重さ」じゃダメで「質量」じゃないといけないのか? 「重さ」という概念は「荷物が重い」という言い回しからわかるように「力」と結びついている。幸か不幸か、我々は「力の大きさ」を感じることができるセンサーを生得的に持っているので、何かを持ち上げたり、水平な床や地面の上でものを押したり引いたりする際に必要な力の大きさを容易に感じることができる。ものには「重さ」という属性があり、それを動かしたり持ち上げたりするのに必要な「力」の大小でそれを定義するというのは理にかなっている。 僕はいま、動かしたり持ち上げたりすると言ったけれど、実際、同じものを水平な面の上で動かすときと持ち上げるときでは「重さ」は違う。普通は持ち上げるほうが大変で、水平に動かすほうが楽である。同じ物体なのになぜなのか? それはかかっている力が違うからである。持ち上げるときには地球から及ぼされる重力が物体にかかっているので、それに抗して動かさないといけない。一方、ただ横に動かす場合には主に物体と床や地面の間に働く摩擦力に抗して動かさないといけない。まったく異なった力だが、どちらも「重いほうがより大きな力が要る」というのは同じなので、お互いに矛盾がなく同じく「重い」という言葉で違和感なく表現されている。 しかし、実際には持ち上げるときと動かすときには力の大きさは違うので同じ物体に対して2つの重さが定義されてしまって不都合だ。 ここで人類は「持ち上げるときに必要な力」のほうを「重さ」の基準にすることにした。なぜなら、動かすほうの力は床や地面の状態で値が変わってしまうのに対して、持ち上げるときに必要な力は同じだからだ。この結果、ものを持ち上げるときに必要な力で重さすなわち「重量」が定義された。 これで一件落着ならよいのだが、「重量」にはもうひとつ大きな問題があった。場所によって、重量の値が変わってしまうのだ。ご存じのとおり、月面では人間の体重は地球上での約6分の1になる。静止軌道上にある宇宙ステーション内は無重力なので、体重はほぼゼロになる。このように場所によって「重量」はコロコロと変わってしまう。普遍的な物理現象を記述する「物理量」としてはいい加減で使い勝手が悪い。 そこで、この問題をわかりやすく解決するために導入された「重さ」の新しい尺度が「質量」という概念である。質量とは、端的に言えば、物質の動きにくさの度合いである。物質の質量は、地球上でも、宇宙ステーションでも、月面でも同じである。 * 【つづき】〈「重力は上から下に働いている」という「大きな誤解」…「地球が丸くても、反対側の人間は落ちない」のはなぜなのか? 〉では、質量と加速度、そして「慣性の法則」などについてくわしくみていきます。
田口 善弘(中央大学理工学部教授)