「物理は質量がすべて」と言える理由…なぜ「重さ」ではダメで「質量」でないといけないのか?
物理に挫折したあなたに――。 読み物形式で、納得! 感動! 興奮! あきらめるのはまだ早い。 大好評につき5刷となった『学び直し高校物理』では、高校物理の教科書に登場するお馴染みのテーマを題材に、物理法則が導き出された「理由」を考えていきます。 【写真】「重力は上から下に働いている」という「大きな誤解」 本記事では力学編から、質量とは何かについてくわしくみていきます。 ※本記事は田口善弘『学び直し高校物理 挫折者のための超入門』から抜粋・編集したものです。 ---------- 力学は比較的にわかりやすい分野だと思われている。それは多分に我々が力というものを直接感知できる感覚器(センサー)を備えているからである。どんな力学の教科書も「力」とは何か、をいちいち説明したりはしない。それはあまりにも明らかだからだ。力学に登場するほかの物理量、たとえば、速度なんていうのも直観的にわかる物理量だ。このように登場人物たちのわかりやすさから力学は比較的とっつきやすいとされている。しかし、登場人物がわかりやすいからと言ってその振る舞いがわかりやすいとは限らない。たとえば、力と速度にはどんな関係があるか、ときかれて、瞬時に答えられる人は少ないだろう。『学び直し高校物理』の冒頭を飾る力学編ではなじみやすい登場人物たちがどんなふうな(我々が知らないような)振る舞いをするかについて説明したい。 ----------
物理は質量がすべて
高校物理の説明を始めるに当たってもっとも重要なことは何か。それは「質量」だと思う。まだ、質量とは何かを説明していないのに、なぜ質量は重要なのかを説明するのは簡単ではないが、挑戦してみよう(以下では質量がなんとなく「重さ」というものと関係しているという程度の理解でもわかるようにする)。 まず、質量は必ず保存する。質量の担い手は変わってしまうこともあるけれど、質量が減ったり増えたりすることはない。たとえば、木材を燃やした場合、一見、木は燃えてなくなってしまったように見えるけれど、実際には、燃焼で発生する気体(二酸化炭素や水蒸気)を構成する原子の一部として使われてしまっただけであり、燃焼で発生した気体のうち、木材由来の部分の質量を全部集めると、減ったり増えたりはしていないことがわかる。 何かが、忽然と現れたり、消えたりする、ということがけっしてない、というのはきわめて重要な事実であり、科学の基礎となる概念だと言ってもいい。それは魔法や超能力が(たぶん、けっして)存在しない、ということと不可分ではない。 さらに質量の保存はエネルギーの保存とも絡んでいる。かの有名なアルベルト・アインシュタインの公式、E=mc2 は、高校物理を習わなかった方でも一度はご覧になったことがあるだろう。Eはエネルギー、mは質量、c2 は光速の2乗を意味する。光速は約30万km/秒という途方もない速さなので、c2 はとてつもなく大きな数字である。 この式を見れば、わずかな質量であっても膨大なエネルギーを秘めていることがわかる。広島や長崎に投下された原爆も、質量をエネルギーに転換することで爆発的なエネルギーを引き出した。 高校の物理の教科書では最後のほうで式だけ出てくる質量とエネルギーの等価性だが、これは特殊な状況でだけ成り立つ話ではなく、日常にも関係している話だ。たとえば、下記のような、ごく単純な電気抵抗を含んだ回路を考えよう。 この回路では電流が流れることにより、電源のエネルギーが失われ、そのエネルギーは抵抗で発生する熱エネルギーに変わる。つまり図で下から上に向かってエネルギーが移動していることになる。エネルギーと質量は等価なので、この回路は全体としては(重心の位置を考えると)最初から上に向かって動いていたことになる。こんなふうに質量というものは物理学全体の基本となるような重要な概念なのである。