井上弟・拓真が世界初挑戦。兄弟4団体統一への秘策は兄直伝“70秒殺の左”
世界を獲って兄を追い越すスタートラインにつける
兄が9月のWBSS(ワールドボクシングスーパーシリーズ)の1回戦で、元WBA世界バンタム級スーパー王者のファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ)を70秒の衝撃KOで葬った際に、布石として使った“神技”に近い左ジャブである。 「前足同士がぶつかる相手なので今はサウスポーへの入り方を意識して練習している。ポイントは前の手。ジャブ。左は、あれを参考にしている。外からいくのか、中からいくのか、そこで駆け引きする、あの左。相手も(左の布石からの右の)パンチが見えなかったと言った。それくらいあの左は凄い。尚ほどの当て勘は僕にはないので、そこで仕留められるかわからないが、あの左の打ち方は徐々にできている」 兄はサウスポーのパヤノの内側からねじ込むようにして左ジャブをヒットさせ、続く右ストレートを視界から消した。 拓真は70秒KOの試合映像を繰り返し見ているという。 「練習の中でもああしたらどうかとアドバイスももらえる」 兄直伝の“70秒殺の左”が世界へと導いてくれるのかもしれない。 父で専属トレーナーの真吾さんも、尚弥の試合がまだ先ということもあって、今回は拓真につきっきりで世界獲りをサポートする。 「いかに相手の中に入れるか。フェイントとスピードがポイント。中に入ってパンチをまとめること。今、ジムでタイプの似た長身のサウスポーの中嶋とスパーをやっていて、だいぶ慣れてきている。拓はデビュー戦、東洋もサウスポーだったし苦手意識はない。行けますよ」 170センチあるジムメイトの中嶋一輝を“仮想ペッチ”に見立ててスパーを行っていて攻略の手ごたえを感じ取っている。 ペッチの包囲網をかいくぐって懐に飛び込んで、リズムを破壊する戦略に勝機がある。 「KOで決めたいが、相手は48戦全勝なんで。しっかりと見て勝ちに徹する。自分のペースを貫き、徐々につかんでつめれるところでつめたい。中盤に倒せればいい」 拓真も、そういう試合プランを描く。 拓真がWBCの緑のベルトを巻けば尚弥のWBAに続きバンタム級の2団体目のベルトが井上家の手に入る。 「WBCは辰吉(丈一郎)さん、長谷川(穂積)さん、山中(慎介)さんが巻いた伝統あるベルト。価値を下げないようにしっかりと魅せたい」 辰吉丈一郎がシリモンコンを悶絶させた左ボディが印象に残る試合だという。 そして、WBSSに出場中の尚弥が来春の準決勝でIBF世界同級王者のエマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)を破り、決勝でWBO世界同級王者のゾラニ・テテ(南アフリカ)と5階級王者、ノニト・ドネア(フィリピン)の勝者に勝てば、3団体の統一王者となり、井上家で4団体を制覇することになるのだ。 「世界王者になることが小さい頃からの目標。兄弟で4団体は、さらに大きな夢。それをかなえるため勝ちに徹したい。ここで勝たないとスタートラインにも立てない」 拓真は、そうも言った。 スタートラインの意味合いをもう一度、尋ねる。 「意味合いとしては、プロボクサーである以上、世界チャンプになってからのスタート。そこまでは下積みなんです。それに、まだ尚を追い越すには程遠い。世界チャンピオンになって徐々に追いつければいいかな」 兄はプロ6戦目で世界王者となり、3階級制覇を達成して、現在17戦無敗。拓真は兄に1年遅れでプロデビューして13戦目にして世界初挑戦のチャンスをつかんだ。 遠回りした。だからこそ……ベルトを巻いて「スタートライン」なのである。 父の真吾トレーナーも同じ言葉をつなぐ。 「4団体統一は井上家の夢です。でも拓が取ってからが本当のスタート。井上家にとってここがゴールじゃない」 拓真は、来週火曜から恒例の熱海での走りこみキャンプに突入する。 (文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)