「十一人の賊軍」のチケット代2000円が安すぎるワケ 凝縮、スピード、迫力の殺陣
笠原和夫が教科書
「十一人の賊軍」は、数年ぶりに訪れた東京国際映画祭のオープニング作品だ。今年の日本映画の代表作のひとつとなると確信したことに加え、度重なる感動のあまり2度も見た筆者に白石監督が初めて投げかけた話題は、「仁義なき戦い」で「実録路線」を一ジャンルに定着させた大脚本家、笠原和夫の世界観が、自分の「教科書」だったということ。 これだけなら、上映時間が155分の大作となった理由にはならないだろう。しかし、進化を繰り返してきた白石監督のフィルモグラフィーの中でもスピード感が倍以上になったこのブロックバスターアクション活劇のシナリオは、いざ書いてみると270分程度の分量となってしまい、テンポがルーズになるという憂慮から圧縮に圧縮を繰り返したという告白を聞けば、大いに納得できる。 映画が始まれば、お笑い芸人、歌舞伎役者、相撲取り、さらにはアイドルなど現実でも集めがたい多様性を備えた11人が、あまりに精緻に統制され群像劇というのがはばかられるほど、一糸乱れず動きながら緊張感を高めていく。しかも体にワイヤーを付けて非現実的な動作を繰り返し、「あれはウソ」と時々刻々認識させる凡百のアクションムービーとは全く異なる。それはそうである。本作は「必死に生きた名もなき人々、大きな政治にもみ潰され、後々の世界ではその存在さえ忘れられてしまった人々」、すなわち、他でもなく映画を見る我々が感情移入するのに最適化された11人が主人公だからだ。まさに日本活劇の系譜を継ぐ誇らしい力作となっている。
ヘミングウェイの小説のごとき強烈さ
これがすべてではない。現実感を極大化するためにデザインされた砦(とりで)のセットでさく裂する、特殊火薬と西部劇の要素が導入された銃撃戦、その中で刀の構え方から全身全霊を捧げて徹底的に準備したという仲野太賀の「サムライアクション」と、彼が対峙(たいじ)するアンチヒーローとして登場し、奇跡的なケミストリーを見せている山田孝之は、実に「十一人の賊軍」を通じて生まれ変わったと表現しても過言ではない。コンサートホールで猛烈に響き観客を没入させる雄大な交響曲のような叙事のリズムには、ある意味ハリウッド映画を飛び越える強烈さがある。まるで短文が続き、次のページが気になってたまらないヘミングウェイの小説だ。 これに加わるのが、白石監督自身が演出家として深い愛情を持っていると明言した「千の顔の俳優」、阿部サダヲの名演である。それゆえに、本作は時代劇のジャンルや枠組みにとどまらず、背景を現代に変えても違和感がないブロックバスターアクションとなり、彼が表現した野望あふれる冷血な政治家の非情さで、サスペンスあふれる政治ドラマともなったのである。