「いつ死んでもおかしくない」経験から“販売しないおむすび屋”へ。47都道府県の味を求めて秘境を巡る
食べものはモノじゃない
ワークショップでは、おむすびに合いそうな食材から、普段はおむすびの具として使わないような食材までを並べている。青森では、県の特産品であるホタテやりんごも並べ、結果的にホタテりんごバターというおむすびが生まれた。幼稚園でのワークショップでも、好きな食べ物のポテトを具材として持ってきた子どももいたと話す。 「なかなか出ないアイデアが、子どもから出てくることもあれば、長年蓄積してきた知恵のあるお年寄りの方から出てくることもあるので面白いです。 ここでは、誰もが先生。お互いが学び合える場所なんです」 ワークショップを開催するにあたって気をつけていることは、食べることを強要しないこと。その場にいるだけでも楽しんでもらえるような空気作りや、食材の知識を増やせるような場作りを意識している。コロナ禍ではワークショップの中止を余儀なくされたが、各地を回る中で興味を持ったおむすびについて深堀りする時間に充てようと決めた。地域のつながりやSNSでの呼びかけを最大限に活用し、少人数で取材をスタートさせた。 『日本のおむすびーー47都道府県を旅して見つけた毎日楽しめるレシピ94』は、その記録をまとめた一冊だ。秘境と呼ばれるような地域まで人づてに足を運び、郷土ならではのおむすびや、中にはその地域の人しか知らない珍しいおむすびを取材した。 「地方に行った際に『未知の世界へようこそ』と言われたことが印象に残っています。 決して大きくはない国土ですが、その地域で食べられているおむすびだけでも枚挙にいとまがありません。それこそが日本の豊かさだと気づきました」 富山県で有機農業をする農家で、長い年月をかけて水を引いた棚田や養鶏場を訪れた時のこと。収穫した米や、産みたての温かい卵、さらには鶏肉を使っておむすびを握り、食や命をいただくことの尊さを伝えたいという思いを再認識したという。 「その時、農家の人から『生きているって奇跡なんですよね』という言葉をもらった時には、自然と涙が溢れました。 食べ物の裏側まで想像できる機会はあまりないと思うのですが、こうした声を聞くことによって、食べものはモノじゃなくて命だと改めて思います。 私が生きていることが奇跡であるように、自分の命はたくさんの命によって支えられているんだと」 その土地ならではのおむすびを知ることができるだけでなく、おむすびを通して見えてくる、各地の違いや共通点に気づける。今後はこうした記録を、地域の自然風景や方言、料理する姿と一緒に映像として残していきたいとも語ってくれた。 「『結ぶ』という言葉が入っているように、おむすびは人や地域などいろんなことを結ぶきっかけになり得ます。おむすびはそれだけの余白があると思うんです。 私たちの活動も、おむすびのようにさまざまな人やことを結べる、包容力のある存在になっていけたらうれしいです」
三谷温紀