ついつい手が伸びる「大菩薩峠」 ちくま文庫で全20巻、読めば読むほどうならされる…中里介山という作家の力量
話を、今、読んでいるちくま文庫版に戻すと、有難いのは註が充実、地図と関連年表までついていることだ。
そして読めば読むほど、中里介山という作家の力量にうならされる。
とにかく融通無礙(むげ)というか、いきなり話が転換したり、登場人物同士が出会ったり、別れたり。また、その人物たちが悪役も含め実に人間的で、魅力的なのだ。
たとえば貧窮組の男女が、市中を廻って、街の角や辻々に大釜を据え、町内の物持ちから米やお菜を貰(もら)ってきて粥(かゆ)を炊き、食ってしまうと鬨(とき)の声を挙げて次の町へ繰り込んでいくという騒動を描いているシーンで、介山はこう書く。
<食って歩くだけで、別に乱暴するではない。大塩平八郎が出て来るでもなければトロツキーが指図するわけでもない。ただわーっと騒いで歩くだけ――>(第3巻)
まさか『大菩薩峠』にトロツキーが出てくるとは予想もしなかった。
道庵先生という愉快な町医者が吉原の騒動で、大車輪で治療に当たっている場面。
<「こんなに人をコキ遣って十八文じゃあ、あんまり安い。五割ぐらい値上げしろ」
口ではサボタージュみたようなことを言いながら、その働きぶりのめざましさ。>(第5巻)
サボタージュねぇ。
この原稿、書き終わったら、7巻にとりかかろう。