漫画家・猿渡哲也の「烈侠伝」 第5回ゲスト・かたせ梨乃「もし、『極妻』新作を演るとしたら今まで経験してない役を」
猿渡 かたせさんは、この『肉体の門』で渡瀬恒彦さんと共演されています。僕は『仁義なき戦い 代理戦争』(73年・東映)でのチンピラ倉元猛役とか、めっちゃ好きでして。実際はどんな方でしたか? かたせ 私、最初にご一緒させていただいたのが、NHK銀河テレビ小説『ふたりでひとり』(81年)で、渡瀬さん演じるトラック運転手の愛人役だったんです。当時、私はまだ20代でしたが、すっかり大ファンになってしまいまして。 ですから、『肉体の門』の企画を担当されていたプロデューサーの日下部五朗さんには、事あるごとに「渡瀬さん、渡瀬さん」とお名前を出して懇願しました(笑)。その願いが通じたのか、決まったときはもう大喜び。 何しろ、渡瀬さんはたばこの吸い方と、声をかけられて「ん?」って答えるあの声が最高でしたね。 猿渡 独特の渋い声ですよね。 かたせ ええ。もう好きすぎて、役作りの必要なんか全然なかったです(笑)。 猿渡 せんが渡瀬さん演じる〝コルトの新〟に対する思いは素のままだったわけですか。 かたせ そうですね。とにかく優しい方でした。私が単独主演で気負っていたこともあり、ご自身の出番がないときでも遠くから見守ってくださって。 それと私たちが〝飢餓状態〟にあったから、ある日ごはんに連れていってくださったんです。「明日からまたダイエットだけど、今日はみんな食べていいからな」って。本当にうれしかったですね。 猿渡 カッコいいなぁ。 かたせ 私ね、思ったんですけど、渡瀬さんの魅力ってお芝居ももちろんですが、横顔にあると思って。正面の顔ってつくれるけど、横顔って、その人の本質がにじみ出る。そういう意味で渡瀬さんは横顔がものすごく〝鋭い〟方でした。
■実は超勉強家のショーケン&寅さん 猿渡 渡瀬さんもそうですが、かたせさんは実に数多くの名優と共演されています。『極道の妻たち 三代目姐』(89年・東映)では萩原健一さんとも組まれましたね。 かたせ 萩原さんはいざ本番を迎えるまで、どういう演技をしてくるかまったく予想がつかないんです。ですから、私としては何が起こっても大丈夫という状態で臨んでいました。 猿渡 やっぱり一筋縄ではいかない感じだったんですね。 かたせ でも、勢いやそのときの気分で自由気ままに芝居をするわけじゃないんです。とても繊細な方だから、事前に綿密な演技プランをいくつも立てて、その中でご自身のそのときのパッションと合致したものをぶつけてくるんです。 猿渡 感覚的にアドリブをぶつけてくるわけじゃないと。 かたせ ええ。ものすごい計算の上に成り立った本能的な演技でした。萩原さんの主演作で『誘拐報道』(82年・東映)がありましたけど、海辺での公衆電話の場面、すさまじかったじゃないですか。私、鳥肌立ってしまいましたもの。 猿渡 いい映画でしたよね。娘役の高橋かおりさんがラストで「うち、お父ちゃんが好きや!」と報道陣に訴える場面も泣けました。 かたせ 黒土三男監督の『渋滞』(91年・アルゴプロジェクト)でもご一緒させていただきましたが、逆にこちらがどんなアドリブをしようが、萩原さんはすべて受けてくださいました。事前にお伺いを立てなくとも、なんでもこいよって感じで。楽しかったですね。 猿渡 一方では、『男はつらいよ 拝啓車寅次郎様』(94年・松竹)で47代目のマドンナの宮典子役を務められました。松竹の現場は東映とは全然違いました? かたせ はい。しかも、松竹さんの中で山田洋次監督の〝山田組〟は歴史のある特別なチームですしね。 猿渡 山田組の場合は、いろいろしきたりがあって、理論的に製作を進めるようなイメージがあるんですけど。 かたせ 家族的でしたね。基本、夕食は出演者、スタッフみんなでそろって食べるんです。 猿渡 映画そのまんまですね。渥美(清)さんはどんな方でしたか。 かたせ ものすごい勉強家でしたね。映画から演劇まで、あらゆる作品をご覧になっていて。琵琶湖畔のロケ現場へ向かう際、車移動でご一緒させていただいたんです。 湖沿いを走る車中で、渥美さんが「典子さん(役名)、この前亡くなったのは海でしたね。でも、ここは湖ですね」と、おっしゃって。 その瞬間、ドキッとしましてね。私、本名も典子っていうんですけど、何よりも私の映画をちゃんと見てくださっていたんだなと。『東雲楼 女の乱』(94年・東映)で私が演じた主人公の鶴は海で入水自殺するんですが、それを指していたんです。 猿渡 独特の言い回しで「見たよ」っていうことをさらっと伝えてきたわけですね。 かたせ ええ。渥美さんは鉛筆一本を売る啖呵売の場面とかもそうですけど、声がまたいいんですよ。(手を小刻みにパンパンと叩きながら)カスタネットみたいな高い音で。 猿渡 カスタネット(笑)。もしかして声フェチですか? かたせ そうかもしれない(笑)。とにかく、渥美さんの声をそばで聞かせていただいたのは、貴重な財産ですね。