再選目指すトランプ大統領 ソレイマニ殺害という賭けの行方
イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官の殺害に端を発し、一時は「第3次世界大戦」を懸念する見方もあったアメリカとイランの対立。今年は大統領選イヤーでもあり、再選を目指すトランプ大統領にとっては正念場の年でもある中で、なぜ司令官殺害という選択肢を取ったのか。今回の一連の応酬はトランプ政権にとってどんな影響を与える可能性があるか。アメリカ政治に詳しい上智大学の前嶋和弘教授に寄稿してもらいました。 【年表】「大使館占拠事件」「悪の枢軸」…… アメリカ・イラン対立の歴史
◇ 中東をめぐる情勢が年明けから一気に緊張する中、ソレイマニ司令官殺害についてのイランからの報復が限定的であったこともあり、トランプ大統領はさらなる攻撃を見送っている。これでアメリカとイランの本格的な軍事衝突は回避されたようにみえるが、今後はどうなるのか。司令官殺害からの動きをトランプ政権側の視点で考えてみたい。
●「虎の尾」を踏んだ
トランプ政権になってからイランとアメリカの関係は「腹の探り合い」が続いていた。就任当初のイラン核合意からの脱退や経済制裁強化は、イラン側にとって、トランプ政権は「何をしてくるか分からない」という脅威そのものであっただろう。 ただ、昨年6月にアメリカのドローン(スパイ用無人機)をイランが撃墜しても本格的な反撃はなかったほか、イランが関与したとみられる昨年9月のサウジアラビアの石油施設攻撃にもトランプ政権の反応は思いのほか大きくなかった。サウジの一部からは「アメリカは今後さらに困る事態になっても助けてくれないかもしれない」という悲鳴も上がった。同じくアメリカの友好国であるイスラエルも同様の不安を抱いたであろう。 「アメリカはもう世界の警察官ではない」とトランプ氏が言い続けてきたこともあって、イランとしては「アメリカの介入はもうない」とみたのかもしれない。それが昨年末の在イラク米国大使館の襲撃やイラク軍基地へのロケット弾攻撃につながる。イランの支援を受けるイスラム教シーア派武装組織の支持者らによる大使館襲撃やその後のデモは、米国の民間請負業者1人が死亡したロケット弾攻撃とともに、アメリカでは年末年始にトップニュースとして報じられた。その扱いは日本で危惧されていた北朝鮮の「クリスマスプレゼント」や「新年の辞」よりもずっと大きく、危機感があった。 この襲撃でイランはトランプ大統領の「虎の尾を踏んだ」といえる。なぜなら、1979年の在イラン米国大使館人質事件を彷彿とさせるものだからだ。この大使館人質事件はアメリカ国内では連日報道され、戦争を仕掛ける以上にイランには効果的だった。当時は30歳代だったトランプ氏にとって、アメリカが負けた屈辱的な事件として強く記憶に残っている。カーター大統領は、事件の混乱に米国社会が大きく揺れる中で支持率を落とし、1980年の大統領選挙で共和党のロナルド・レーガンに敗れて落選している。再選を狙うトランプ大統領としては、「俺をカーターにするのか」と思ったであろう。 また、2012年のリビア・ベンガジでのアメリカ在外公館襲撃事件を想起させるものでもある。トランプ氏は2016年大統領選挙では、ベンガジ事件をめぐって、当時のオバマ政権やクリントン国務長官の大失態と非難し続けてきた。そもそも、現在の国務長官であるポンペオ氏が一躍全米に名前を知られるようになったのが、このベンガジ事件であり、下院議員の一人として、責任追及の急先鋒として連日、オバマ政権を非難した。 トランプ氏もポンペオ氏も当時の記憶はいまだに痛烈だ。アメリカ人が殺されているのに、イランに強くでなければ今度は「弱腰」と自分たちが非難される側になってしまう。 イランに対して、かなり大胆な形で牽制する必要があった。