タイトルからトリックが始まる! 配信ドラマがより楽しめる世界が認めた原作ミステリ解説 Huluオリジナル「十角館の殺人」
ミステリ界の「トキワ荘」から飛び出した才人たち
綾辻行人が大学院時代に執筆した「十角館の殺人」は、綾辻自身の学生時代を投影した小説でもある。綾辻が所属していた京都大学推理小説研究会には、一学年下に大谷大学文学部に通う小野不由美がいた。入会したばかりの小野は、綾辻とホラー映画の話題で盛り上がり、意気投合したそうだ。 推理小説研究会時代に、綾辻と小野は「追悼の島」を共作しており、これが「十角館の殺人」の原型となった。メインとなるトリックは、小野のアイデアだと言われている。綾辻と小野は「十角館の殺人」が出版される前年の1986年に学生結婚しており、小野も作家デビューを果たし、今や「十二国記」などのファンタジー小説の大家となっている。 もし、どちらかだけ売れっ子になっていたら、今年のアカデミー賞脚本賞受賞作『落下の解剖学』の作家夫婦のような悲劇が起きていたかもしれない。ふたりがおしどり夫婦で、出版界は幸運だった。ちなみに小野不由美原作、中村義洋監督の実話系ホラー映画『残穢 住んではいけない部屋』(2016)では、小松由美子(竹内結子)とその夫・直人(滝藤賢一)として描かれている。 また、原作の「十角館の殺人」の舞台は大分となっている。綾辻は京都生まれであり、大分は小野の故郷。創作過程には、ふたりのラブロマンスも隠されているように思う。いつか、綾辻と小野が「十角館の殺人」の創作秘話を明かす日が楽しみだ。 それにしても当時の京都大学推理小説研究会の顔ぶれがすごい。綾辻のデビューに続いて、後輩となる法月綸太郎、我孫子武丸、小野不由美らが次々と作家になっている。さながら当時の京都大学推理小説研究会の部室は、ミステリ界の「トキワ荘」状態だったようだ。 古今東西の名作ミステリについて語り合うだけでなく、メンバーが創作した推理小説を掲載したサークル誌を定期的に発行し、学園祭で販売していた。また、メンバーが書き下ろした新作ミステリを朗読し、他のメンバーがメモを取りながら推理する「犯人当て」も開いていたという。このときのアイデアをもとにして、綾辻は短編集「どんどん橋、落ちた」を発表している。「どんどん橋、落ちた」には、“悩める自由業者”リンタローや“その愛犬”タケマルが登場する。学生時代の名残りを感じさせる、遊び心に満ちた一冊となっている。 スポーツでも、一人が新記録を達成すると、次々とそれに続くアスリートたちが現れ、記録がみるみる更新されていくことになる。ブレイクスルーと呼ばれる瞬間だ。綾辻の「十角館の殺人」でのデビューこそ、ミステリ界にブレイクスルーを招いた瞬間だった。京都大学推理小説研究会のメンバーだけでなく、有栖川有栖、歌野昌午らも脚光を浴びることになった。また、綾辻らの活躍に刺激を受けた新世代の作家は、かなりの数になるだろう。