日欧が中国を念頭に経済安全保障を巡る連携強化:米国の対中戦略の不確実性も意識か
中国から報復措置を受けるリスクも
半導体分野では、日本は米国の対中戦略の影響を強く受けてきた。米国政府は2022年10月に、先端半導体やその製造に必要な装置、技術について、中国への輸出を事実上禁じる措置を講じた。さらに、その措置の有効性を高めるため、日本とオランダにも共同歩調を取ることを求めた。先端半導体の製造装置を製造するのは、米国、日本、オランダに限られるためである。実際、日本とオランダも、先端半導体の製造装置の中国向け輸出を規制した。 こうした措置への報復として、中国は2023年7月に、中国における埋蔵量が多くまた中国が世界の主要な生産供給国になっている、ガリウムおよびゲルマニウムの輸出規制を導入した。ガリウムは、第2世代および第3世代の半導体材料に用いられる物質だ。半導体分野で米国の対中輸出規制に同調した結果、日本の半導体業界はその返り血を浴びることになったのである。 また、米国の対中輸出規制は先端半導体分野に限るものであったが、規制逃れでより低いランクの半導体、あるいは半導体製造装置の輸出が中国向けに増加したことから、米国政府は規制の対象をよりランクの低い半導体、半導体製造装置へと拡大していった。そうした中、半導体製造装置輸出で中国向け輸出の依存度が高い、日本の半導体製造装置メーカーは打撃を受けることになった。 今回の日本とEUの合意についても、中国はそれに対して半導体やEVの製造に使われるレアメタル、レアアースなどの輸出を制限する報復措置を講じることで、日本企業、経済に打撃となる可能性もあるだろう。
対中戦略で米国とは異なるアプローチをとる日欧
ただし、日本と欧州は、対中戦略で米国ほどには強硬ではなく、中国を過度に刺激することを避けるよう配慮するのではないか。 EUは、安全保障上あるいは経済安全保障上の脅威となるような分野については、中国との貿易に規制を設けるが、それ以外の分野については貿易の継続を望む。欧州はこうした戦略を「デリスキング」と呼んでいる。そして中国との貿易関係を全面的に見直す姿勢を取る米国の戦略を「デカップリング」と批判してきた。現状では、米国政府も表面的には、欧州の意見を受け入れて、対中戦略の狙いを「デカップリング」ではなく「デリスキング」と説明している。 日本も欧州と同様に、安全保障上あるいは経済安全保障上の脅威となるような分野については、中国製品の依存度を下げる取り組みを進めるが、中国との経済的な関係は維持したい考えだ。 大統領選挙を控えて、米国内では対中強硬論が力を増している。バイデン政権はさらに対中規制を進める方向にある。こうした国内政治色の強い動きに同調していくことに、日欧は慎重だろう。 さらに、大統領選挙でトランプ前大統領が再選された場合には、対中貿易政策がどのように変化するかは、まさに予見できない状況だ。少なくとも、先進国で足並みを揃えて対中戦略を進める、という現状の協調路線は放棄される可能性が高い。 このように、米国大統領選挙後の大きな不確実性に備えて、このタイミングで親和性の高い日欧間で対中経済政策を確認し足並みを揃えておこう、という考えが、今回の合意の背景にあるのではないか。 (参考資料) 「日欧 経済安保で新原則 戦略物資調達 特定国 依存せず」、2024年4月28日、東京読売新聞 「日欧、経済安保で連携強化―半導体調達、脱中国依存」、2024年4月28日、共同通信ニュース 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
木内 登英