フランスの“安楽死”法案が「友愛の法」と名付けられた理由 マクロン大統領が強調する「死の支援法」の中身
「個人の自律」と「生命の尊重」は両立するか
確かに、フランスの「死の支援法」がアルツハイマー病や精神疾患に適応しないと最初に明言したことは、現実に安楽死法がある国ではこれらの精神的な苦悩に関しても安楽死が開かれつつある現状を考えると、他国とは異なるスタンスといえる。 しかし「認知症や精神疾患を明確に対象としない」とした法律は、アメリカのオレゴン州、ニュージーランド、オーストリアにもあり、フランスだけではない。 また各国の安楽死法において定義された安楽死とは、患者の支援の要請の意思の存在がまず第一の条件であったので、この「自律尊重」という点ではフランスの「死の支援」も内容的には独自のものではない。 さらに安楽死法の原理についても、各国が悩んできたのは、対立する「個人の自律」と「生命の尊重」の義務をいかにして調和させるか、ということだった。 「立法府は、一方で絶望的で耐え難い苦しみからの解放を期待する人々の人格的な自律性の重要性と、他方で個々の市民の命を守る政府の義務との間の適切なバランスを確保することを目的とした「ケアの要件」の特別なシステムを作成したいと考えていた」(オランダ法務長官控訴文書1.10.)。 そして、その解決として、オランダでは「思いやり」が挙げられていた。この「思いやり」は、マクロン大統領が相違として強調する「友愛」と変わりがないと思われる。 さらに言えば、スイスの「支援自死assisted suicide」も、「苦しみの救済」と「国家の法」とのギリギリのところで求められているのである。「支援自死は医師の仕事ではない」としながらも、「患者を苦痛から解放するためにという医師の良心からの行為のこのジレンマを否定するものではない」(スイス医科学アカデミー『終末期にある患者のケア』2004)としている。 マクロン大統領のフランス「死の支援法」が果たして、既存の各国の安楽死法または支援自死法とは異なる本当に独自な法となるのかどうか、フランスの法案の成立を待ちたい。 参照: 『安楽死を考えるために―思いやりモデルとリベラルモデルの各国比較』(盛永審一郎、丸善出版、2023年)。 La Croix, Entretien:Emmanuel Macron sur la fin de vie : « Avec ce projet de loi, on regarde la mort en face »Antoine d’Abbundo, Corinne Laurent (La Croix) – Laure Equy, Nathalie Raulin (Libération), le 10/03/2024 à 18:15 など。
盛永審一郎 小松大学大学院特任教授、富山大学名誉教授。研究テーマは実存倫理学、応用倫理学。著書に『安楽死を考えるために―思いやりモデルとリベラルモデルの各国比較』(丸善出版、2023年)、『終末期医療を考えるために―検証 オランダの安楽死から』(丸善出版、2016年)、『安楽死法:ベネルクス3国の比較と資料』(東信堂、2016年)、『人受精胚と人間の尊厳―診断と研究利用ー』(リベルタス学術叢書、2017年)等がある。
盛永審一郎