選考委員全員に「これしかない」と言わしめた一作で薬剤師の愛野史香がデビュー 応募のきっかけや創作秘話を語る(レビュー)
◆デビュー後に小説上達へと繋がっていく道筋とは
――読んできた本の影響でしょうか? 愛野 そうなんでしょうか。ジャンル関係なくなんでも読んできたとは思います。吉川英治さんの『三国志』とか小野不由美さんの『十二国記』、須賀しのぶさんの『革命前夜』は大好きです。今村先生の『童の神』も読ませていただきました。 今村 どやった? なんでも言うて。 愛野 エンタメ力ぶっちぎってるなぁと(笑)。あと、アツいです。好きなんです、そういうの。 今村 僕のウリやからね。主人公が教授たちを前にした試験ですごい技を見せつけるところがあったけど、僕ならさらに学生二百人くらい集めてやってまうわ(笑)。つまり、愛野さんは小説にあった踏み込み方ができている。そういう意味でも丁寧な小説だと思うし、さっきも言ったように基礎的なものはできている。でも、真の成長はデビューしてからやと思う。今から三~五年、この時期が一番詰め込みやすいし、吸収もできる。僕も訓練したよ。 ――どんなことをされてきたのか、伺っても? 今村 まだまだ修業中やから今でもやってるけど、日常生活で目にするものすべてを言語化する、文字化していく。一枚の枯葉が枝から落ちそうになりながら、くるくる回っている状態を、自分やったらどう表現するかとか。その積み重ねが、目では捉えられないものを文字化することに繋がる。心情描写も風景描写もそうだけど、もっと難しいのは匂いや感触、音だったり。でも、それをするのが作家だから。 愛野 実は次の作品が音楽もので。進むつもりのなかったチェロ奏者の道を周囲の後押しを受けながら目指していくみたいな感じなんですが、今のお話を伺ってちょっと不安になってきました。 今村 チェロやったら、今回の絵という視覚的なものより、もう一段階難しくなるかもしれない。そこに挑戦するんやね。楽しみです。ほかに、こんなの書きたいというのはある? 愛野 具体的には挙げられないのですが、当たり前のように日々享受している物や事にはその陰で関わる人がいて、でも、その存在を私たちが気に留めることはあまりありません。そういう人や仕事を形にして伝えることができたら、世界の解像度が上がって、ちょっと面白くなるかもしれないなと思っていて。そういう小説を書いていきたいと考えています。 今村 その核となる題材をどんどん発掘していけるようにならんとね。人間の知っていることなんてたかが知れている。知らないものを書いていくのが作家だと思う。それをリアルに伝えるためには、自分の中で際立たせる想像力がめちゃくちゃ必要よ。その力が強くなると、釣りで言えば、ルアーを遠くに投げることができるし、遠いほど面白いものになる。 愛野 北方先生にも枠を越えていけるようにとお話をいただきました。 今村 あと、新人期間中は冒険もしたほうがいい。自分の中に描いているイメージがあっても、違うな、こっちかもしれないと感じたら、その匂いを信じて突っ込んでいったらいい。ルート通りに行こうとすると同じようなものばかりになるし。 愛野 今回も考えていた流れでは蛇足になるなと思うところがあって、二十枚くらい書き直しました。 今村 まだまだや(笑)。僕、百枚原稿捨てたことあるから。チャレンジすることにびくつかんほうがいい。それに、これからは編集者もいる。 愛野 刊行に当たってご指摘をいただいて修正しましたが、自分ではない視点が入るから気づかされることもたくさんあって、改稿の作業は楽しかったです。 今村 僕もゲラ好きや(笑)。編集者はキャッチャーみたいなもので、時にはコースの指示もしながら返してくれる。そうしたゲラでのやりとりで新たな自分を発見することもあるし、レベルアップに繋がるような客観的視点も持てる。すべては経験値です。