税務調査官「以前と変わらずお忙しい?」会長「おかげさまで!」何気ない会話に潜む落とし穴…安易に「役員退職金」を受け取ってはいけない理由【税理士が解説】
税務署「役員退職金の損金算入は認めない」
迎えた最終日。税務署が税務調査の総括を行った。それは上田さんにとって驚くべき内容だった。 「会長の勤務実態や経営の関与度合いを総合的に鑑み、実質的に退職しているとは言い難い。したがって、役員退職金の損金算入は認めない」 続けて税務署からは「取締役として残っていたとしても役員退職金を損金算入できる余地はあるが、役員としての地位や職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められることが損金算入の要件となる」との説明があった。 税務署から根拠資料として示されたのは上田さんを最終承認者とする「稟議書」と上田さんの会社に対する影響力がよく分かる「経営会議の議事録」、あとは代表取締役退任前後で勤務時間が一切変わっていないことが一目瞭然である「勤怠管理システムの履歴」。税務署は調査期間中に確認したこれらの事実を総合的に鑑み、「退職前後で上田さんの職務内容が激変したとはいえない」として、損金算入は認めないと判断した。
贈与税の修正申告も必要に
税務調査から2か月。上田さんは顧問税理士と相談の上、税務署に対して何度も抗弁したものの税務署側の主張が覆ることはなかった。 最終的に「税務署との話し合いがこれ以上長引ければ会社に悪影響を及ぼす」と考えた上田さんは税務署の指摘を受け入れ、令和4年3月期の法人税の修正申告を行った。 さらに、役員退職金の損金算入が認められなかったことで自社株の評価が下がらず、息子が行った令和4年分の贈与税申告についても修正申告が必要になった。自社株の贈与自体をなかったことにはできないため、甘んじて贈与税の修正申告に応じた。結果的に息子はT社から多額の借入をし、納税資金に充てることとなった。
安易な役員退職金の支給はトラブルのもと
役員退職金は一度に多額の経費を計上できるため、法人税負担の軽減だけでなく、自社株評価の引き下げも期待できることから事業承継と組み合わせて検討されることが多い。 しかし、実質的に引退することができない経営者や本気で引退する気がない経営者に対して支給する役員退職金は、上田さんの事例のように損金算入することはできない。将来税務調査が行われて修正申告をすることになった場合には、法人税だけでなく自社株に対して課税された贈与税についても対応が必要となる。 では、上田さんと違って取締役として残らずに退任しておけば問題なかったのかというと、必ずしもそうではない。たとえ形式的に役員を退任していたとしても、実質的に退職していなければ上田さんと同じ結果になるリスクはある。 税務上、「実質的な退職」の明確な基準は明らかにされていないが、以下のような客観的事実が見受けられると役員退職金の損金性に疑義が生じると考えられる。 ・現経営陣が最終的な経営判断を求めている ・常に経営会議に出席し、一定の発言をしている ・社内稟議の承認者になっている ・退職前後で勤務形態が変わらない ・退職前後で会社から受け取る報酬が激減していない ・社長室が残されている etc. こういったことから、上田さんのような事態にならないよう役員退職金の支給については慎重に行うべきだといえる。 岡本 啓司 税理士法人プレアス 代表 税理士
岡本 啓司,税理士法人プレアス