税務調査官「以前と変わらずお忙しい?」会長「おかげさまで!」何気ない会話に潜む落とし穴…安易に「役員退職金」を受け取ってはいけない理由【税理士が解説】
顧問税理士「役員退職金を支給すれば自社株の評価が下がる」
上田さんが代表取締役を下りる際、顧問税理士から「非常勤になり、役員報酬を大幅に減額すれば役員退職金を支給することができ、上田さんが保有している自社株の評価が大きく下がる。株式承継のチャンス」との話があった。 上田さんは「お金はいらない」と考えていたが、「株式承継の一助になるのであれば」という思いから役員退職金の受給を決断。自社株を引き受けてくれるという息子の気持ちも改めて確認した上で株式承継を実行する決意を固めた。 令和4年3月、T社の臨時株主総会が開催され、上田さんの役職は代表取締役社長から取締役会長に変更されることが決定した。同時に、上田さんに対する役員退職金の支給についても決議された。その後、T社は決算日である3月末までに役員退職金を支給し、5月下旬には決算、税務申告を完了させた。 同年6月中旬、顧問税理士が試算した自社株評価の結果を踏まえて息子と議論した結果、6月末に上田さんと息子は株式贈与契約を締結することに合意。翌年の令和5年3月、贈与税申告が完了。贈与税は予め試算していた通りであり、納税資金には困らなかった。これをもって株式承継が完結したはずだった。
T社の税務調査が実施されることに
令和5年12月、税務署から顧問税理士あてに「T社の法人税、消費税の税務調査を実施したい」との連絡があった。その際、「3日間のうち1~2時間で構わないので、会長、社長にもお話を伺いたい」との申し出があった。 コンスタントに利益を出しているT社にとって税務調査は特別なことではなかった。また、税務署からの要望についても顧問税理士から「めずらしくない」と聞いていたため、特に気にしていなかった。 税務調査当日、税務署の方が3名で来社。T社は経理部長と顧問税理士のほか、都合をつけた上田さん、息子も午前中だけは同席することとした。 税務調査が始まると、会社沿革、商流、主要取引先などを聞かれ、上田さんが「いつも通りだな」と感じた矢先に初めて経験する質問があった。 「会長は今も変わらず忙しいのですか?」 上田さんは思いのまま答えた。 「ええ、おかげさまで。息子が独り立ちするまでは頑張るつもりです」