「サウジアラビア」の人権問題を見て見ぬふりをする日本政府は、なぜ「中国」の“人権侵害”だけを問題視するのか 古賀茂明
■中国への異常なまでの嫌悪感 サウジだけではない。例えば、ミャンマーは、前述の自由度ランキングでサウジと同じ183位、報道の自由度ランキングでも171位で中国とほぼ同じ。このミャンマーに対しては、米国やEUも制裁を課しているが、日本政府は何もしていない。 私は、中国を擁護したいのではない。 もし、中国を批判し、中国との貿易関係などに制限を加えるなら、サウジやミャンマーにも同じような対応を行うべきではないのかということを言いたいのだ。 日本の国民は、米国や日本政府がこうしたダブルスタンダードに基づく外交を進めていることを知らないまま、中国に対して異常なまでに嫌悪感を強め、あろうことか、中国との戦争の準備を進めるのも仕方ないなどと考えるようになっている。 日本政府は、米国とともに、中国は他の国と比べて「とんでもなく」悪い国だから仲良くすべきではないという評価をまず広めて、国民感情を嫌中に染め上げるのに成功した。その強い嫌中感情という基盤の上で、中国は台湾を攻撃するかもしれない、その次は日本だと言えば、どうなるか。 国民は、それなら万一に備えて戦う準備をした方が良いという方向に傾く。 深刻なことに、メディアもそれを助長するような報道を続けている。 仮に、日本政府が中国には問題があるが、それはサウジと同程度だから、サウジと同じように対応すれば良いと言えば、どうなるだろうか。少なくとも現在のように強烈な嫌中感情が広まることはないはずだ。 そうなれば、政府が、中国が危ないと叫んでも、もう少し冷静に物事を判断する余裕が国民の中に生まれるだろう。
■台湾に武器を売り込んでいるのは誰か しかし、現実には、日本政府が米国とともに、ことあるごとに中国を「悪の帝国」であるかのように宣伝し、国民を洗脳して、今や、普通の国民が、「中国と戦争することもありうる」というとんでもないことを口にする世の中になってきた。 この状況を一言で言えば、米国の口車に乗せられて、米国隷従の日本政府が、国民を欺いて米国から離れられない状況に自らを追い込み、その結果、国民を米中戦争に巻き込む準備を進めているということになる。 MBSの訪日が延期された5月20日、中国大使が日本の有識者十数名と台湾問題についての意見交換の場を設けた。その席上で、中国大使が、「日本が中国分裂を企てる戦車に縛られてしまえば、日本の民衆が火の中に連れ込まれることになる」と発言したが、日本のメディアはその部分だけを取り上げて、センセーショナルに報じた。日本政府も直ちに中国側に厳重に抗議したと林芳正官房長官が明らかにして、国民の反中感情を煽っている。 実は、筆者は、この会議に有識者の一人として出席していたが、大使の発言を聞いていて特に違和感は抱かなかった。 どうしてそんなに大きな騒ぎになるのかと思って大使の発言を見返してみると、発言の前に、「長きにわたって台湾に武器を売り込んでいるのは誰なのか。中国の周辺で軍事的なグループを作るのは誰であるか。答えははっきりしている」という発言があった。これは明らかに米国のことを指している。つまり、米国に従って中国分裂に加担すれば、米中戦争に巻き込まれることになるのですよと警鐘を鳴らしていたのだ。筆者がこれまで述べたことと全く同じ話だ。
■マスコミと政府の洗脳工作 だから、筆者は、大使の発言に違和感を持たなかったのである。 一部の発言だけを切り取り、いかにも中国が日本に対して攻撃的な姿勢で脅迫しているかのような報道を行い、それを利用して国民の嫌中感情を煽る。 マスコミと政府が一体となった洗脳工作と言っても良いくらいだ。 なんと愚かなことか。 そして、なんと危険なことか。 私たち国民は、どんなに煽られても、冷静さを保たなければならない。さもなくば、本当に無用な戦争に巻き込まれることになってしまうだろう。 そのことを肝に銘じておきたい。
古賀茂明