これぞmade in JAPAN!「Jackman(ジャックマン)」の吊り編み機で編まれた地厚Tシャツ
福井県の自社工場で生産されるTシャツをはじめとしたこだわりのハイクォリティなアイテムでファッションマニアのファンも多いブランド「Jackman(ジャックマン)」。 ブランドを紐解くとそこには長い歴史があった。今回はヒットユニオン株式会社の田後健一さんにお話を伺った。
マッカーサーが呼んだアメリカ3A野球チームがもたらした転換期
Jackmanというブランドを説明するには会社の歴史から話していただくのが良いだろう、加えて創業者が野球好きというのもこのお話の大切なポイントとなってくる。 「1949年、福井県で『田辺メリヤス製作所』という屋号で起業します。創業者は『田辺 貢(たなべ みつぐ)』という人物で、3台の編み機を購入し6畳一間から3人でスタートをしました。 開業当時はメリヤス編み[1]の女性用のタイツなどを作っていたのですが、1953年ごろにマッカーサーが日本に駐留しているアメリカ軍の慰労のためにアメリカから野球チーム、『サンフランシスコ・シールズ』を呼んで日本の野球チームと試合をしました。 野球好きの田辺氏はそれを観にいき、アメリカのチームが履いている足掛け式のストッキングが日本のものと違ってカッコイイと思い、自社の編み機で作りはじめたそうです。その後、甲子園出場チームに無償でそのストッキングを提供していました。 戦後でまだ裕福ではない時代、高校球児のためにと思って提供していたと思うのですが、それが評判を呼びスポーツウエアを作る会社として田辺メリヤス製作所は発展していきました」
1964年の東京大会では日本選手団への製品提供
野球のストッキングをきっかけにユニフォームやグローブ、その他にさまざまなスポーツウエアを手がけるようになっていった田辺メリヤス製作所にさらに大きな出来事があったという。 「1964年に開催された東京大会では日本選手団のトレーニングウエアの一部は田辺メリヤス製作所で作ったもので、体操着や、練習着などを提供しました。この出来事は当時の田辺メリヤスとしてもたいへん大きな出来事でした」