「海の沈黙」倉本聰 脚本の〝師匠〟は喫茶店のアベック⁉ 「高倉健に通じる〝間〟を学んだ」
学生時代には喫茶店で〝盗聴〟
若き日の〝師匠〟の存在も、倉本は明かしてくれた。「僕にはシナリオの師匠というのはいないんですが。学生時代にシナリオの仕事を志した頃から、喫茶店に行って、アベックの話を『盗聴』するっていう趣味があったんですよ」。どういうことか。「盗聴していると、例えば男性は女性をホテルに誘いたがっている。女性は迷っている。その会話の中に『間』が、一番重要な『間』があったんですよね」 「極端に言えば、それは高倉健さんの間なんです。健さんは質問を投げかけられても、15秒ぐらい答えない場面がありました」。その話を聞いてから「海の沈黙」のシーンを思い返すと、本木が演じる主人公の津山をはじめ、登場人物が見せる「間」の取り方は、作品に余韻を与えている気がひしひしとする。その〝師匠〟は、名もなきアベックだったというのがクスリと笑える。
女性への〝欲望〟が原動力
長年の構想を映画という形で具体化した倉本。2025年1月1日で90歳を迎える。宣伝文句には「倉本聰の集大成的作品」とあるが、「ああ、あれ(集大成)はプロデューサーが書いたんでね。この作品は自分の一つの考え方だから。僕の書きたいことが全てこの映画にある、ということではないですよ」。そう言って笑ってみせた。 今の思いは。「人間の体って、衰えますね。僕の衰えは下半身からきているけれど、まだ、頭ははっきりしている。もう少し(作品を)書きたいって気は、ありますけどね」。そんな倉本の、自らを突き動かす原動力とは何だろう。答えはこうだ。 「その一つは(女性の)『色気』にひかれるからでしょうね」。それは女性の人気を得たい、女性に注目されたいといった思いなのかと尋ねると、ちょっと違うのだそう。ここでは詳しく書けないが、要するに人間に元々ある「欲」が源になっている、という話だった。 記者が印象に残った一言がある。「シナリオを書いている人間には、これで『十分満足がいった』という作品ができるということは、ないんですよね」。女性に血気盛ん(?)なだけではなく、いまだ完成の途上。そんな倉本の新作が、また見たくなってきた。
毎日新聞学芸部記者 屋代尚則