「海の沈黙」倉本聰 脚本の〝師匠〟は喫茶店のアベック⁉ 「高倉健に通じる〝間〟を学んだ」
評価は主観で決まるはずだ
「海の沈黙」はこんな話だ。東京の美術館で有名画家、田村修三(石坂浩二)の作品が展示され、本人が会場に足を運んだ。田村は一枚の絵に驚く。「私の絵じゃない……贋作だ!」。展覧会の主催者たちは、混乱が起こらないよう、会の終了までその事実を伏せてほしいと懇願する。しかし、田村は自ら記者会見を開き、贋作だと世に明らかにした。その贋作を巡る裏には、天才と言われながら表舞台を去っていった画家、津山竜次(本木雅弘)の存在が見え隠れし……。 作品を通して見る側に問いかけたいのは、こんな思いだ。「今は、いくらと評価されたから価値がある。そんな基準ができてしまっている気がする。それがずっと気になってきた。美も、うまさも、評価は主観でするものだと思うんです」
貯金7万円 トラック運転手転職寸前
何よりも倉本自身が、自らの「主観」を大切に生きてきた人だ。70年代、NHK大河ドラマの脚本を巡る降板騒動がきっかけだったが、東京から北海道の札幌に移り住む。そして「豊かな自然の中で暮らしたい」(倉本聰「見る前に跳んだ」日本経済新聞出版社)と富良野に移住した。現在も富良野に居を構える。倉本は東京生まれである。東京以外に拠点を置く脚本家は他にもいるが、倉本のように東京から離れた地で生活するのは異例だ。 「こうすればこうなる、という先のことは考えていませんでしたよ。北海道に移住しようとしたときも、東京に残してきたカミさんから『貯金が7万円しかなくなっちゃったんだけど』と言われて。その会話は『……けど』で終わったんだけどね(笑い)。(大河ドラマの脚本を途中降板し)シナリオの仕事は干されたから、タクシーの運転手をしたいと相談したら『きみの顔はタクシーに向かない。トラックがいい』って、トラック運転の免許を取ったんです」。ただその頃、フジテレビの制作者から、新作ドラマの脚本を書いてほしいと声がかかる。その後の名作ドラマの数々は、北海道の仕事場から紡がれていった。