ケルト神話とローマ神話の融合

　セクアナはフランスの有名な川の名前となり、その名は時の流れとともに「セーヌ」へと変化していった。そのことはセクアナがガリアに起源を持っていることのもう1つの証拠だ。「それはセクアナが女性の名前だからです。ローマ人ならば男性の名前を付けていたでしょう。ローマ帝国に征服される以前から、この川には女性名が与えられていたのです」とオベール氏は説明する。 　ケルト人は川の女神に供物を捧げ、病の治癒を願い、また祈りがかなったことを感謝した。こうした習慣がガロ・ローマ時代も続き、池やテラスなどを備えた神殿が築かれていった。神殿跡は今でも見ることができる。 　各地を征服した古代ローマ人は、征服地の人々が信じる神々を自分たちの神々として取り入れた。つまりセクアナも2つの文化が融合した象徴だ。 「古代ローマの英雄ユリウス・カエサルは、ガリア人にはたくさんの神がいる、と言っています。彼らはあらゆるものに神が宿ると考えていました」とオベール氏は言う。「しかし、ガリア人はローマ人のように神の像を作りませんでした。ローマ化が進んだことで、ガリアの神の像も作られるようになったのです」 　ガリアの神とローマの神は隣り合わせで描かれることもあった。たとえば今もパリに残る「船乗りの柱」と呼ばれるローマ時代の柱には、ケルト神話の神ケルヌンノスと古代ローマの主神ユピテルの姿が並んで刻まれている。また、ケルト神話で多産と馬の女神であるエポナの信仰はローマ帝国の隅々にまで広がった。 　今に残る唯一のセクアナ像は、1世紀に作られた青銅像で、今はディジョン考古学博物館の至宝となっている。1933年にセーヌ川の源流近くで子ジカの像と一緒に発見された。セクアナは冠をかぶり、ゆったりとしたローブをまとい、舳先がカモまたはハクチョウの頭になった小船に乗っている。 「彼女は若く、大きい目と洗練された顔の持ち主で、期待に満ちた表情をしている」と、作家のエレーヌ・シオリーノ氏は著書『The Seine: The River That Made Paris（セーヌ川：パリを作った川）』で書いている。 　セクアナ像は当初、豊穣の女神像として作られたのは明らかだった。その後、腕のいい職人の手で解体され、手からは豊穣の角が取り除かれ、台座には小船が追加され、セクアナ像となった。 　小船はセクアナを表す。そして、水鳥は子どもと家族を守る動物を連想させる。パリのポートロワイヤル駅付近で発見されたガロ・ローマ時代の墓地でも、水鳥の形をした子どものおもちゃと魔除けが発見されている。