ウクライナの逆侵攻に鈍い対応、「国家総動員」「集団的自衛権」カードが切れないプーチンの自縄自縛
■ ウクライナ逆侵攻の対応が遅いプーチン「4つの疑問」 今年(2024年)8月6日、ウクライナが意表を突いて実施した、ロシア本土への地上越境攻撃、いわゆる「逆侵攻」に世界中が度肝を抜かれた。 【写真全10枚】ウクライナ軍は国境をやすやすと電撃越境。パニックに陥って降伏し、ウクライナ兵を見上げる軽武装のロシア国境警備部隊 ウクライナ侵略戦争を仕掛けたロシアのプーチン大統領は、「核兵器を持ち世界屈指の軍事力を有するわが国本土に攻め込むはずがない」と、ウクライナのゼレンスキー大統領を見くびっていただけに、そのメンツは大いにつぶされた格好だ。 ただ不可解なのは、ウクライナ逆侵攻部隊が国境から約30kmも内陸のクルスク州スジャ周辺まで進撃し、1カ月以上居座っているにもかかわらず、ロシア側の対応があまりにも鈍い点だ。 激震に見舞われたプーチン政権は、しばらくの間思考停止・現実逃避に陥ってしまったのだろうか。国家安全保障の“一丁目一番地”である本土防衛があっけなく破られ、「母なる大地」ロシアの一部を外国軍に占領される状況は、誰の目から見ても緊急事態だろう。 対応にぐずぐずしているようでは、「強い指導者」を自負するプーチン氏の看板も地に落ちる。早々に大戦車軍団を差し向け、「わが祖国を踏みにじったウクライナ軍を鎧袖一触(がいしゅういっしょく:よろいのそででちょっと触れたぐらいの簡単さで敵を負かすこと)で粉砕した」と内外にアピールするのが、「プーチン流」だろう。 反応の遅さに対し、マスコミ各社や専門家はさまざまな疑問を投げかけるが、中でも4つの素朴な「なぜ」について分析していきたい。 ・なぜ、やすやすとウクライナ軍に逆侵攻を許したのか? ・なぜ、軍事大国ロシアが即応できずもたもたしているのか? ・なぜ、国家総動員を発令して一気にウクライナ軍をつぶさないのか? ・なぜ、集団的自衛権を行使しないのか?
■ 甚大な死傷者数による「兵力不足」で国境防衛にも大穴 まず「なぜ、やすやすと逆侵攻を許したのか」だが、ウクライナが奇襲作戦の秘密厳守を徹底したことや、これをロシアの情報機関が察知できなかった点はもちろん、やはり兵員不足が大きい。しかも想像以上に深刻で、予備兵力も払底し国境防衛に十分な将兵が割けないばかりか、緊急時に即座に出撃できる部隊(戦略予備部隊)にも事欠くありさまをさらけ出してしまった。 英シンクタンクIISSの『ミリタリーバランス(2024年版)』によれば、ロシア軍の総兵力は110万人。うち侵略作戦を主導する陸軍は50万人を占め、一見すると大兵力である。 また最前線のロシア正規軍は約20万人で、大半を陸軍が占め、他に海軍歩兵部隊(海兵隊)や空挺軍(落下傘部隊)といった別の地上戦力が数万人加わる。 さらにこれに囚人部隊や、ロシアが一方的に併合したウクライナ東部のドネツク、ルハンスク両州の親ロ派武装勢力、ワグネルなど民間軍事会社の戦闘員、後方支援の将兵なども合わせると、ロシアが侵略戦争に投入する兵力は50~60万人に達すると見られる。 一方、死傷者数の多さはすさまじく、将兵の犠牲をいとわない人海戦術が祟り、一部メディアは開戦以来の死傷者は50万人以上、うち戦死者は10万人前後に上ると推測している。単純比較すると、投入兵力50万人に対し死傷者数がほぼ同数の50万人、また戦死者は5人に1人の割合となる。 甚大な人的損失で兵力不足に陥ったロシアは、2022年9月に予備役を対象に30万人の部分動員を決意した。だがこれはかなりの“劇薬”となり、国民から想像を超える不評を買って政権の支持率は急降下。海外に逃避を図る若者やIT技術者も急増し、100万人超が母国を捨てたと見られる。最終的にメリットよりもデメリットの方が大きく、以後政権側は追加の大量動員に及び腰だ。 また「逆侵攻」など夢にも思わなかったからだろうか、現場となったロシア領クルスク州周辺の国境防備がそもそも手薄だった点も大きい。 国境パトロールは平時と同様に軽武装の国境警備隊が担い、国境線には簡単な鉄条網とコンクリート・ブロックが置かれる程度だったようだ。 朝鮮半島を南北に隔てる「38度線」(DMZ:非武装地帯/軍事境界線)のように、強固なバリケードと分厚い地雷原が存在するイメージとはかけ離れた、「のどかな田園風景」が広がるだけである。 まさにロシアが相手を侮り切っていた証拠で、ウクライナはここを巧みに突き奇襲を成功させた。