『虎に翼』第2の主人公は紛れもなくよねだった 土居志央梨の俳優力が生み出した“美しさ”
NHK連続テレビ小説『虎に翼』も、いよいよ最終週に入った。もう半年たつのかと。なんなら朝ドラも、大河のように1年かけてくれてもいいんだよと。もうすでに強烈な「トラつばロス」を予感してならない。今作は、なぜこんなに面白かったのか。 【写真】涙する轟を受けとめるよね 朝ドラとは思えないほどの、骨太で重層的な物語ゆえか。あるいは、主人公・佐田(猪爪)寅子を演じる伊藤沙莉の魅力か。それらももちろんだ。だが、このドラマのもっとも大きな魅力は、サブキャラたちがみなしっかりと「生きている」ことだ。 1クールで終わるドラマとは違い、朝ドラのように長丁場の物語となると、「あのキャラ、いらなかったよね?」という人物が登場しがちである。数話分だけ場をかき回し、その後再登場することも顧みられることもない。「あのエピソードなんだったの?」というパターンである。 この『虎に翼』には、それがない。どのキャラも、使い捨てにしない。どのキャラにも、意味がある。(ドラマ上で)結構な年月を経てから再登場するキャラも多い。単なる芸人枠かと思っていた塚地武雅演じる人情弁護士・海野先生が、原爆裁判で再登場するとは予想していなかった。ただの大学時代の嫌なモブかと思っていた発芽玄米・小橋(名村辰)が意外にしぶとく登場し、人の弱さがわかるヤツになったのは嬉しかった。 特に重要なのは、寅子の明律大学女子部同期、通称“魔女5”たちだ。彼女たちも、大学を卒業した後は思い出したようにチラッと登場するぐらいかと思っていた。だが脚本の吉田恵里香は、彼女たちの誰一人として適当に描くことはしなかった。各々のエピソードでそれぞれドラマ1本作れるぐらいに、丹念に掘り下げた。なかでも、土居志央梨演じる山田よねは別格だ。はっきり言って、もうひとりの主人公だ。 土居志央梨と聞いて思い出す映画が2本ある。まずは『リバーズ・エッジ』(2018年)だ。多くの男性と性的関係を持ち、援助交際もする女子高生の役だった。それでいて心は満たされない。そんな空虚な女性の役だった。そして、『映画 太陽の子』(2021年)も忘れられない。出番は少ないが、まるで菩薩のように穏やかな笑顔を浮かべた女性だった。その女性が次のシーンでは骨壺になっていた時の衝撃が、戦争の虚しさを物語っていた。タイプはまったく違うが、どちらも“女性性”の強い役柄だった。 だから、今作での山田よねを観た時には驚いた。女性であることを捨て、男装をして、男言葉を話す。一切笑わない。常に怒っていて、誰とも馴れ合わない。初めて見る土居志央梨だったが、思いの外ハマっていた。そして回を重ねる内に、この役は土居志央梨以外には考えられなくなる。その長身や目力のおかげでもあるが、彼女の俳優力がそれだけ強いということだ。 後に登場する原爆裁判の原告で被爆者である吉田ミキ(入山法子)が、よねに「あなた綺麗ね。凛としている」と言った。よねは、常に凛として美しい。性別を超越した、人間としての美しさだ。その美しさは、決して信条を曲げない意思の強さから来ている。 その男装や言葉遣いが口述試験の際の足かせになっていることを指摘されながらも、決してやめない。絶対に自分の信条は曲げない。そもそも日本国憲法第14条には、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」とあるはずだ。彼女は、ただこの新憲法に従って行動しているだけだ。 元・カフェー燈台の壁に、よねは、その日本国憲法第14条を大書した。墨がしたたるその文言は、彼女の血で書かれたように見える。「差別されない」と約束されたはずの「人種」や「性別」や「社会的身分」に邪魔をされ、夢を閉ざされた仲間たちの思いもこもっている。それならば、自分はなおさら「信条」を曲げずに弁護士にならねばならない。 よねは誰よりも優しい。辛い子供時代を過ごしたよねは、弱い人間、虐げられた人間、傷ついた人間の心に、誰よりも敏感だ。原爆裁判の原告・ミキにも、尊属殺人の被告・美位子(石橋菜津美)にも、誰よりも寄り添ったのはよねだ。花岡(岩田剛典)が死に、自暴自棄になった轟(戸塚純貴)を救ったのもよねだ。よねと再会しなければ、轟はあのまま死んでいたかもしれないし、自分のセクシュアリティを認めることもなかった。 轟が花岡への気持ちを認め、花岡への思いを吐露し、強がりをやめ、思い切り号泣する。そしてよねの誘いにより、ともに法律事務所を興す。このシーンはドラマ前半部の最大の名場面のひとつだ。それ以降、よねと轟のやり取りを見ることが、今作を観る際の大きな楽しみとなる。OPの「さよーならまたいつか!」の際にふたりの名前がないと、ガッカリするようになった。 白状してしまうが、大学時代にやたらいがみ合うふたりを見て、「どうせ最終的にこのふたりがくっ付くんだろ」と思っていた。浅はかな自分自身が恥ずかしい。ふたりの関係性は、そんなわかりやすくて単純なものではなかった。ふたりの関係性は、性別を超えた、本当の意味での戦友だ。 最終週に来て、よねの最大の見せ場が訪れた。最高裁における尊属殺人裁判の口頭弁論だ。まさかのよねの「はて?」が飛び出した(桂場さん反応)。こんな大舞台であえて「クソ」という言葉を使っても、戦友・轟がちゃんとフォローしてくれる(そして小声で応援もしてくれる)。裁判官15人を前にして、一切怯むこともない。このシーンを観て、本当にこのドラマを観続けてきて良かったと、心から思った。 一方、主人公・寅子には、最終週にしてあの美佐江(片岡凜)の娘・美雪(片岡凜・二役)問題が降りかかっている。崔香淑/香子(ハ・ヨンス)がよく言っていた台詞「最後はいい方に流れる」を信じて、見守りたい。
ハシマトシヒロ