「虎に翼」同調圧力の強い現代日本へ投じた一石 見る人それぞれの「私のための物語」だった
後半に入った「虎に翼」は、これまで見えていなかったもの/見ようとしなかったものを積極的に浮かび上がらせることを試みていた。ゲイの轟(戸塚純貴)やその恋人の遠藤(和田正人)、性別適合手術を受けた山田(中村中)がその一例だ。 異性愛が一般的とされる世の中で、異性愛者はつい自分たちの物差しで物事を見てしまう。けれど、その物差しが誰しもに当てはまるものではないと気づけるだけで、世界の見え方が変わってくる。
先人たちの努力によって、自分にとっては歩きやすく舗装された道が、別の誰かにとってはまだまだ険しい獣道かもしれない。ならば、今度は自分が誰かのために道が歩きやすくなるよう一緒に声を上げていきたい。連帯から、連鎖へ。「虎に翼」が広げたのは、共感と支援の輪でもあった。 そして終盤では、人の幸せに決まりきった形などないということを描いてみせた。家族信仰の強いこの国で、家族が全員にとって安全な場所ではないことを美位子(石橋菜津美)の父親殺しを通して訴え、親から解放される自由を美雪(片岡凜)に託し、血縁よりも尊い絆を梅子(平岩紙)と道男(和田庵)によって証明した。
司法試験に合格しながらも法曹の道は選ばなかった涼子(桜井ユキ)や、一つのことをきわめた母・寅子とは対照的な生き方を選択した娘・優未(川床明日香)も、「最初に見た夢を叶えたほうが美しい」「世に名を残したほうが価値がある」という従来の当たり前に対する爽快なアンチテーゼだった。 ■「虎に翼」の影響力が真の意味で語られるとき こうしていろんな人のいろんな人生を肯定することで、「虎に翼」は一人ひとりにとっての「私のための物語」に昇華した。このドラマと出会ったことで、世界の見え方や物事の考え方が変わった人は少なくないんじゃないかと思う。
そして、そんな人たちが誇り高き雨垂れとなって少しずつ社会をより良い方向に変えていく。「虎に翼」の影響力が真の意味で語られるのは、もしかしたらもっとずっと先のことかもしれない。何年後かに、今の自分がこう考えるのは「虎に翼」と出会ったから――そう語る人たちの数が、視聴率よりも、賞よりも、「虎に翼」という作品の価値を雄弁に語るだろう。 「虎に翼」とは、世の中を変えたいと願いながら動けずにいた硬い石のような私たちを穿つ一滴目の雨垂れだったのだ。
横川 良明 :フリーライター