忙しくて本が読めないすべての「働く読書人」にとって必読の一冊をレコメンド!
――本書では、立身出世に重きが置かれた明治時代から、ノイズの排除や効率性を重視する現代に至るまで、当時のベストセラーから社会状況を読み解く構成になっていますね。三宅さんにとって印象的な時代はありましたか? 三宅 1970年代ですね。この時代は、司馬遼太郎の作品が文庫化されて、サラリーマンに人気を博しました。『坂の上の雲』(文春文庫)は私ももともと好きな作品でしたが、文庫版でも全8冊あって、とにかく長いんです(笑)。 高度経済成長期を経て労働に追われていたサラリーマンが、なぜあれほど長い話を読めたのだろう?と昔から思っていたんです。今回資料に当たる中で、それは「通勤電車」と「文庫本」の相性が良かったことも背景にあると気がつきました。 まず、1970年代は多くのサラリーマンに長時間の通勤時間が生じていました。そして、この年代には各出版社がこぞって文庫の創刊を始めたんです。「廉価かつ携帯に便利な文庫を通勤時間に読む」という読書文化が確立されていく流れで、司馬遼太郎の作品が一般に受容された。このことに気づけた点が、司馬遼太郎好きとしては非常に印象的でした。 ――本書では「情報=知りたいこと」「知識=知りたいこと+ノイズ(他者や歴史や社会の文脈)」という区分けが鮮やかでした。どうして「ノイズ」が重要なのでしょうか。 三宅 もちろんインターネットやSNSで今の自分に関係がある情報や、その時々で必要な情報を得るのはいいことだと思います。でも、本を読むことの魅力は、「自分から遠く離れたところにあるものを得られる」点だと思っています。必要な情報を得るために本を読み始めて、思いがけない情報に巡り合うことだってありますよね。 そして、「ノイズ」とは書いていますが、今は直接役に立たなくても、巡り巡って自分や周りの人にとっての「情報」になることもあります。例えば、大人になって何か落ち込むことがあったときに、学生時代に読んだ小説の言葉をふと思い出して救われるとか。 あるいは、昔からイスラエルとパレスチナの問題について知っていたら、今回のように戦争が起こった際にもスムーズに背景に思いを巡らせることができます。 ――最終章では「働きながら本を読める社会」の実現のために、「全身全霊ではなく、半身で働く」ことを提案されていますね。三宅さんは兼業をやめて一見「全身評論家」になったようにも見えますが、どのように半身を実践されていますか? 三宅 そもそも、自分自身が「全身全霊で」という考えに合わないなと思っていて。特にフリーランスだと、働きすぎて体調を崩してしまう方はけっこういらっしゃると思うんですよ。 もちろんその方を責めているわけではないんですけど、自分の中で「絶対に心身のバランスを崩すほどは働かない」ということは意識していますね。