丸山ゴンザレス「旅の終わりの場所」としての喫煙所が空港から消えることに一抹の寂しさを。バンコクの喫煙所は若い頃の自分と周りにいた旅人たちの存在証明のようなものだった
ジャーナリストの丸山ゴンザレスさん。危険地帯や裏社会を主に取材し、現在はテレビに加えてYouTubeでも活躍中です。その丸山さんに欠かせないのがタバコ。スラム街で買ったご当地銘柄、麻薬の売人宅での一服、追い詰められた夜に見つめた小さな火とただよう紫煙…。旅先の路地や取材の合間にくゆらせたタバコの煙がある風景と、煙にまとわりついた記憶のかけらを手繰り寄せた丸山さんの異色の旅エッセイ『タバコの煙、旅の記憶』より「バンコクで出会った景色」を紹介します。 【写真】麺をかきこむ。バンコクにて * * * * * * * ◆“タバコの煙”とそこにひっかかってくる記憶 コロナ禍で海外への渡航がままならなかった時期、過去の旅を思い浮かべることが増えていた。とりとめもなく、いろんなことを思い出す。なかでも“タバコの煙”と、そこにひっかかってくる記憶は、ひときわ深く思い出に刻まれていた。 空港に到着して一発目のタバコ、喫煙所を探して右往左往したこと、喫煙所でライターの貸し借りから始まった会話、スラム街でご当地タバコを買ったこと、NYで携帯灰皿を「意識高いな」といじられたこと、追い詰められた夜にホテルのテラスでタバコの火をじっと見つめたこと、異国の地で体にまとわりつくように漂うタバコの香り……。 二度と会うことない人たちや今では存在しない場所も含めてタバコの煙のあった風景がいくつも浮かび上がってきた。俺の旅とタバコの煙は思いのほか強いつながりがあるのかもしれない。 世相の移り変わりとともに、俺のタバコ好きも落ち着いてきた。若い頃、どれだけタバコが吸いたかったのかを思い出してみる。
◆喫煙者にとって失われゆく風景が増えている 南アフリカに行く途中に立ち寄ったドバイの空港で、係員に「喫煙所どこ?」と泣きついて、結局、空港職員が秘密で吸ってる店の裏に連れて行ってもらったことがある。 アメリカの中でも特に巨大なダラス空港では、喫煙所が見つからなくて、いよいよトイレで吸おうと思って入ったら、すでに先客の何人かが吸っていて空港職員に怒られている現場に遭遇。大人しく退散することもあった。 30代、40代と年を重ねると体は刺激をそれほど強く求めなくなった。おかげで10時間以上のフライトの後で、イミグレーションを通過して空港の外に出てからの一服の良さを楽しむことができる程には成長できた。 むしろ老化とでも言えるかもしれないが、ともかく今はルールの範囲内で喫煙をするように体が慣れてきているのだ。 喫煙者にとって失われゆく風景が増えている。そこに旅人の視点を加えると、さらにはっきりとした形で喪失を実感する。
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