“本当のワサビ”を世界へ 静岡の企業が切り開く海外市場
世界的なブームとなっている日本食。その陰で、じわじわと市場を広げているのが和製スパイスの代表格である、ワサビだ。名産地・静岡で、日本一のワサビ作りを目指してきた地元企業が、世界にその文化を広げようとしている。
たった一つの思い
──おいしいワサビを届けたい。 すべては、その思いからはじまった。 静岡県清水町で75年以上もワサビ関連事業を続ける、カメヤ食品。戦後の食糧難に苦しんだ現社長の先代である父や祖父は、美食へのこだわりが強かった。 旧農地法では、食品加工会社であるカメヤ食品は国内にワサビの栽培地を持てなかった。しかし「理想のおいしさ」を原材料から作ることを諦めなかった父は、海外での農地開拓を試みた。人材確保や設備投資が難しく事業を断念したものの、「いつかは海外で」との思いは息子である現社長・亀谷泰一に引き継がれることになった。 その後、同法が規制緩和され、念願だったワサビ栽培が可能に。農地経営を任された亀谷の弟を中心に、試行錯誤を繰り返し、5年以上かけて理想のワサビを育て上げることに成功した。 生育過程において、12度前後に保たれた大量の水を必要とするワサビ。加えて、最大の魅力である「香り」は、天然水に含有されるミネラル分によって引き出される。 伊豆半島中央部を横切る雨雲によって、大量の雨が降る天城山。その麓(ふもと)から湧き出る天然水と、大きさの異なる石と砂で形成された土壌に水をかけ流す「畳石式」栽培法のもとで育ったワサビの香りに触れたとき、亀谷は衝撃を受けたという。 「これは『本物』だ。このおいしさを、世界に届けたい」 アメリカへの留学経験のあった亀谷は、本当のワサビがどういったものか、海外ではまったく認知されていないことを知っていた。日本風をうたう寿司屋で出されるワサビですら、ステーキなどに使用されるホースラディッシュ(西洋ワサビ)を緑に着色したもので、本ワサビとは別種のものだ。 父が抱いた海外進出の夢が、大きな構想となって亀谷の頭に浮かんだ。 「ワサビは、高級品です。育てるのも加工するのも大変ですが、手をかけたものは素晴らしい香りと味を放ちます。本物を食べれば、その違いがわかるはずです。儲けたい気持ちより、その価値を世界の人に知ってほしいと思いました」 2016年、亀谷はジェトロ静岡を訪ね、本格的な海外進出に着手した。