荻野洋一の「2024年 年間ベスト映画TOP10」 ハリウッド衰退のはざまで失われた欠片を再発掘
日本からは小森はるか監督のドキュメンタリーがトップテンに
6位はトルコの巨匠ヌリ・ビルゲ・ジェイラン『二つの季節しかない村』。主人公に対する容赦のない辛辣さは、往年のイングマール・ベルイマンを思い出させる。主人公が最低だとか、描写がしつこいだとか言ってこの作品に文句をつける向きがあるが、作り手側はそれこそ最低な主人公を容赦なく執拗に描き出すことに主眼を置いているのだから、文句はお門違いである。この点は10位のキリル・セレブレンニコフについても同じことが言える。チャコフスキーがゲイだったことは、同性愛を認めていないロシア=ソビエト史における公然たる秘密事項だが、その陰で妻が長期にわたってこうむった冷遇を見つめる『チャイコフスキーの妻』の隠然たる時間の持続こそ、あらゆる芸術の中で映画だけが再発掘しうる時間/空間/精神の欠片なのである。だからチャコフスキーの不実をいくらなじったところで作品を論じたことにはならない。 今回の10本で明確にクィアな作品は『墓泥棒と失われた女神』『ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ』『異人たち』『チャイコスキーの妻』の4本となる。特に、山田太一の『異人たちとの夏』を現代イギリスに舞台を移して、あのように翻案したアンドリュー・ヘイはすばらしい脚色者であり監督である。 日本からは小森はるか監督のドキュメンタリーをトップテンに加えたい。他にも入れたい日本映画はたくさんあったが、7位『ラジオ下神白』で彼女がおこなったことは、失われたはずの欠片を拾い、置き直し、「ここにもあったよ」「あそこにも見えているよ」と、私たちの不注意を啓かせる行為である。福島県の復興公営住宅に写る人々の姿、声、歌、光――ここにもあるよ。画面は力強くそう私たちに語りかけている。 サブスク配信作品は今回トップテンには入れなかったものの、スティーヴ・マックイーン『ブリッツ ロンドン大空襲』(Apple TV+)、エリカ・トレンブレイ『ファンシー・ダンス』(Apple TV+)、クリント・イーストウッド『陪審員2番』(U-NEXT)、カトリーヌ・ブレイヤ『あやまち』(Prime Video)が印象に残った。
荻野洋一