荻野洋一の「2024年 年間ベスト映画TOP10」 ハリウッド衰退のはざまで失われた欠片を再発掘
リアルサウンド映画部のレギュラー執筆陣が、年末まで日替わりで発表する2024年の年間ベスト企画。映画、国内ドラマ、海外ドラマ、アニメの4つのカテゴリーに分け、映画の場合は、2024年に日本で公開・配信された作品から、執筆者が独自の観点で10作品をセレクトする。第11回の選者は、映画評論家の荻野洋一。(編集部) 【写真】ジャン=リュック・ゴダールが「遺言」と称して突きつけた短編 1. 『墓泥棒と失われた女神』 2. 『ジャン=リュック・ゴダール/遺言 奇妙な戦争』 3. 『ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ』 4. 『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』 5. 『瞳をとじて』 6. 『二つの季節しかない村』 7. 『ラジオ下神白 あのとき あのまちの音楽から いまここへ』 8. 『異人たち』 9. 『メイ・ディセンバー ゆれる真実』 10. 『チャイコフスキーの妻』 2024年映画トップテン1位『墓泥棒と失われた女神』は、現代イタリアを代表する女性監督アリーチェ・ロルヴァケルの新作で、主人公を演じたジョシュ・オコナーがすばらしかった。『チャレンジャーズ』での好演も記憶に新しいオコナーは『墓泥棒~』ではみすぼらしいスーツを着用しているが、匂い立つ色気はむせかえるようだ。彼は古代エトルリア文明の墳墓の発掘をなりわいとしているくせに、愛する人の行方だけはどうしてもつきとめられない。命と引き換えのような格好になってしまうにせよ、ついに恋人と再会するラストには落涙を禁じ得なかった。2024年はこのように、貴い何かがすでに失われた状態にあり、その欠片を拾い集めるかのように映画が生成され、観客もまた欠片のありかを再発見していくような一年だったように思う。 2022年9月に合法的自死を選択してこの世を去ったジャン=リュック・ゴダールが「遺言」と称して突きつける短編の獰猛さ、そしてペドロ・アルモドバルがみずからのクィアネスを西部劇に照射した短編の灼きつく欲動を2位、3位としたい。さらにアルモドバルは第81回ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞したハリウッド進出第1作『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』が2025年1月31日に日本でも公開される。 ハリウッドメジャーの衰退が止まらない。実写のアメリカ映画が存在感を失ってしまい、ペドロ・アルモドバル、ヨルゴス・ランティモス、ルカ・グァダニーノ、クリストファー・ノーラン、ジョナサン・グレイザーといったヨーロッパの監督たちに介助してもらって、かろうじて命脈を保つ惨状にある。そんな中で4位アレクサンダー・ペイン、9位トッド・ヘインズといったアメリカ人監督たちが良作を届けてくれたのは本当にうれしかった。アメリカ映画の衰退ばかり強調したものの、じつはアジア映画もトップテンに入れたい作品はなかった。ただし韓国映画『密輸1970』『ソウルの春』、香港のドニー・イェン監督・主演『シャクラ』はぜひ20~30位以内には入れたい。 バスクの名匠ビクトル・エリセの31年ぶり新作『瞳をとじて』を5位とすることはなんと罰当たりな所業だろう。エリセほどの人ともなれば、エッセー映画のようなものをさらりと仕上げておけば誰もが納得するだろうに、これほどの気迫をもって映画への情熱がみなぎる大作を提示してみせたことに、ひたすら頭(こうべ)を垂れるしかない。主人公の元映画監督がマドリードの高層ビル群を背景に、旧知の編集者の自宅兼フィルム倉庫を訪問する時空間のダイナミズムに驚き、プラド美術館のガイドを務めるアナ・トレントが胸元にプラドのIDカードをちらつかせながら同館のカフェテリアで主人公と会話を交わすカットバックの優雅さに胸が沁みた。