『蛇の道』黒沢清監督 オリジナルを知っている自分だけが混乱した【Director’s Interview Vol.412】
フランスにおける映画のステイタス
Q:哀川翔さんがやった役を柴咲コウさんが演じるのは大胆で面白い翻案となりましたが、実際に撮ってみていかがでしたか。 黒沢:柴咲さんはさすがだなと思いました。何となく出てきた瞬間から、10年くらいパリに住んでいる人に見えちゃう。フランス人男性を相手に何の物怖じもせず、普通にフランス語で会話している。当然といえば当然なのかもしれませんが、そういう役を演じることの出来る力はすごいなと思いました。 Q:撮影前には柴咲さんから色々と質問があったそうですが、柴咲さんとはどのようなことを話されたのでしょうか。 黒沢:そんなにいろいろ質問されたという記憶はないんですけどね。おそらくあれかなと思うのは、衣装や髪型のことですかね。かなり最初の段階で脚本をお渡ししたのですが、「衣装や髪型はどんなイメージですか」と聞かれました。でも正直僕は分からないんですよ。どんな衣装でどんな髪型かなんて全然分からないけれど、ただ全然分からないというのも何なので、こんな感じかなという参考の写真をいくつか送ったりはしました。それで柴咲さんの方からも提案があったりして、そのやり取りをかなり初期の段階でやりました。ただ柴咲さんは、途中から「監督はこれ以上は分からないのだな。あとは自分でやります」という感じでしたね。それで衣装や髪型に関しては最終的にご自分で決められていました。多分そのことかなと。それ以外は特に役について話した記憶もないんですけどね。 Q:『ダゲレオタイプの女』に続く海外での映画製作ですが、日本での製作と比べていかがですか。 黒沢:海外といってもフランスしか知らないのですが、基本的には日本と変わりませんね。俳優もスタッフも監督がやりたいと思うことを全力で実現させようとしてくれます。ただやっぱり、フランスでの映画のポジションは日本とはまったく違います。昔と比べるとずいぶん下がってきてはいますが、それでもフランスでは映画のステイタスがまだあって、映画に参加するということが誇らしいことであり、楽しいことだという認識がある。監督がアーティストだともされている。それゆえ、監督のイメージを実現するということは、かなり徹底されていました。僕が喋り出して、それを通訳が訳しはじめると、全員が集中して聞いてくれて「わかった、よし、やってみる!」と皆一丸となって向かってくれる。本当に気持ちいいことですよね。 Q:日本と比べてロケ撮影のやりやすさなどはありましたか。 黒沢:それはありますね。ただ今回はオリンピックを控えていたので結構やりづらいところもあったようでした。『ダゲレオタイプの女』のときの方がまだやりやすかったみたいですね。それでもパリでは「ここで撮影したい」と言うと、許可が降りるとそこでは何をやってもいい。全面通行止めにしての撮影も可能になるんです。撮影のために通行止めをするなんて東京では絶対に許されない。でもパリでは映画のためなら通行止めにして撮影させてくれるんです。嬉しいことですよね。 監督:黒沢清 『CURE』(97)で国際的に注目を集め、2001年にはカンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品された『回路』(00)で国際映画批評家連盟賞を受賞。その後も『叫』(06)、『トウキョウソナタ』(08)『クリーピー 偽りの隣人』(16)など、世界三大映画祭を始め国内外から高い評価を受け続ける。『岸辺の旅』(14)では第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門・監督賞を受賞、『スパイの妻』(20)では第77回ヴェネツィア国際映画祭・銀獅子賞を受賞。また、今月開催された第74回ベルリン国際映画祭では新作『Chime』が上映、また9月には『Cloud クラウド』が公開される。 取材・文: 香田史生 CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。 撮影:青木一成 『蛇の道』 6月14日(金)全国劇場公開 配給:KADOKAWA © 2024 CINÉFRANCE STUDIOS – KADOKAWA CORPORATION – TARANTULA
香田史生