森且行「夢だったオートレーサーに。日本一になった喜びも束の間、レース中に落車。手術4回の大ケガから、奇跡の復活を遂げるまで」
◆右足の麻痺は治らない。慣れない場所では装具を リハビリは途中から、どんどん楽しくなりました。だって「もう歩けない」と言われていたのが、少しずつ歩けるようになるんですから。その一歩一歩の積み重ねが、すごく楽しくなってきたんです。モチベーションになったのは、オートレーサーとしてもう一度走りたい、対戦したいという思いだけでしたね。 リハビリは一度休んでしまうと続かないので、毎日必ずやるようにしていました。先生と一緒に朝1時間、夕方1時間。あとは自分のベッドの上でできることを1時間。それ以外の時間はちゃんと休むという感じで、オンとオフを切り替えながら集中してやっていました。そうでないとメンタルをやられてしまうので。 さすがに最後、先生に「1階から18階まで階段を上れなかったら退院はナシね!」と言われた時は「嘘でしょう!?」と思いましたけど(笑)。それでも僕は隠れて階段の上り下りをやっていたので、「やります!」と二つ返事でやり遂げました。 落車から1年後に5回目の手術をして、背中のプレートと総重量250gのボルトを摘出。現在はかなり回復して、普通に近い状態で生活しています。ただ右足の麻痺は治らないため、段差がある道や砂利道だと足首がぐにゃっとなっちゃうんですね。なので慣れない場所では、転ばないよう装具を付けて歩いています。
◆オートレーサーとしてのすべてを教えたい 映画には、僕とともに落車した新井恵匠選手も登場してくれています。彼は一緒に転んだもののケガをしなかったため、SNSでいろいろ言われて心に傷を負ってしまって……。レース中のことで、本当にどちらも悪くないんですけどね。 恵匠が出場したレース後の会見で、「森さん、すみませんでした」と謝っていたので、すぐに「お互い様だから。また一緒に走れる日を楽しみにしてる」と会場にFAXを送ったのですが、やっぱり心の傷が深かったのかな。元気もなかったですし。「これで僕が復帰しなかったら、恵匠のオートレース人生が終わっちゃうんじゃないか?」と心配になるくらいでした。 「早く復帰して一緒に優勝戦で走ろう」と約束したら、恵匠はすごく喜んでいました。僕の復帰戦の日も、恵匠のレースはなかったんですが手伝いに来てくれて、レース中もずっとコース間近の金網のところで観てくれていて……。あれにはグッときましたね。 なかなか時間がとれずに彼とはゆっくり話ができていないのですが、もう少し僕に余裕ができたらお酒でも飲みながら話をしたい。僕が知っている、オートレーサーとしてのすべてを教えたいです。