「国境通信」野良犬を拾って育てる避難民 川のむこうはミャンマー~軍と戦い続ける人々の記録#2
初のベビーコーン栽培 収入はわずかな結果に
タイに逃れてきたアインのような避難民が、日系企業が求める品質の農作物を生産し、その企業に適正な価格で買い取ってもらう。この地域の地元市場で取引されている農作物よりも商品価値の高いものでその仕組みが実現できれば、彼らの収入も上がるし、また農作物を必要としている企業にとってもメリットがある、まさにウィン・ウィンの事業となるはずだ。その考えには自信を持っていたが、この取り組みが始まって半年以上が経過しても、進捗は思わしくなかった。なぜなら彼らがその農作物を作りたがらなかったからだ。 最初に企業側が提案した農作物はベビーコーンだった。種まきから収穫までの期間が短く、栽培の手間があまりかからないことなど、企業としてはテストケースとして最適だと判断してのことだったと思うが、彼らにしてみれば馴染みのない野菜の市場価値がイメージできず、どれくらい収穫できるのか、それがどれくらいの収入につながるのか、不安に思ったのだろう。そして、我々と彼らの間には、その不安を解消させるだけの信頼関係が築けていなかった。 アインはベビーコーンの栽培に手を上げてくれた数少ない避難民の一人だった。しかしそれも、農園の大部分ではすでに胡瓜を栽培していたので、残った小さな区画で試してみよう、といった程度だった。ベビーコーンは規格にあったサイズで収穫できないと品質ランクが落ちてしまい、買取価格が下がる。小さすぎても大きくなりすぎてもAランクの評価は得られず、実際ここで収穫されたベビーコーンはほとんどがCランク評価で、アインが得た収入はわずかだった。
「また挑戦したい」と言ったアインのポジティブマインド
ベビーコーンは難しかった。でもまた挑戦したい」アインは意外にもそう言った。私はてっきり「もうやりたくない」と言われるだろうと思っていた。驚いた顔をしていたであろう私の目をしっかり見つめながら、しかし穏やかな声でアインは「新しいことをやるのが好きなんだ。それに失敗したままで終わりたくない」と続けた。この前向きな姿勢は一体どこからやってくるのだろう。軍のクーデターで一瞬にして暮らしが破壊され、それに反発すると武力で弾圧された。逃亡生活を送っている間にアインの自宅は国軍に襲撃され、車も家具もすべて奪われたそうだ。ミャンマー国内にある彼の銀行口座も凍結されている。まさに着の身着のままでタイに逃れてきたのだ。しかし彼は落ち込む様子を全く見せないどころか、いつも笑顔を絶やさず、常にポジティブな言葉で思いを伝えてくる。