<自由奪われ低迷する香港経済>中国・深圳へ流出する消費、浮き上がる香港人のジレンマ
多くの国や地域が新型コロナ収束後、経済活動を取り戻し景気が回復しつつあるのだが、香港はその流れに乗れていない。 【写真】厳戒態勢が敷かれた香港の中国返還式典 その要因は、香港国家安全維持法(国安法)はじめ政治的な自由を失ったことにより、金融と物流の世界的ハブという香港の都市機能に対して国際的な信認に疑義がある点だ。もう1つとして、香港の北部に隣接する物価の安い深圳へ大勢の香港人の消費が流れることによる内需不振も大きい。 「北上消費」と呼ばれるこの現象は生活防衛という現実とイデオロギーの狭間で行動する香港人のジレンマも垣間見える。
内需がない香港
香港最大の歓楽街である中環(Central)地区にある蘭桂坊(Lan Kwai Fong)は、日本の六本木を超える多国籍豊かな人々と多彩なレストランやバーが集積している。筆者は7月の金曜19時過ぎに訪れたのだが、かつての活気はなく、人はほとんどいなかった。 香港の飲食業協会である香港餐飲聯業協會は2024年3月に200~300店舗が閉鎖したと推計している。また、39年の歴史を誇る老舗スーパー「大昌食品市場」は3月いっぱいで香港内にある全28店舗を閉鎖するなど小売店の閉鎖も相次ぐ。 映画業界も厳しい。世界に名だたる香港映画だが、コロナ禍があけてからも、映画館の閉館が相次ぐ。中には、4月に58年の歴史がある「総統戯院(President Theatre)」や、充実した設備が売りだった「Cinema City朗豪坊」が7月に幕を閉じた。
香港政府統計処によると、5月の「黄金周」(中国本土版ゴールデンウィーク。メーデーに合わせ数日間休みとなる)での売上は前年比11.5%減の305億香港ドル(約6000億円)で、特にデパートでの販売は同21.1%減と深刻だ。
「安い」深圳へ流れる香港の消費
では、香港人が経済活動をしていないのかというと、そういうわけではない。深圳に日帰りする香港人が増えている。入境事務処をみると7月1日の香港の中国返還記念日の祝日、深圳から香港に向かった人は7万4924人だが、香港から深圳に向かった人は23万2076人と3倍も差があった。「北上消費」と呼ばれる深圳で消費活動をする現象だ。 香港人はなぜ、「北上」するのか。理由は簡単で、「安い」からだ。小売りにおいては、香港で軒並み商店が閉鎖した時をほぼ同じにした今年1月、深圳に会員制大型スーパーの米コストコがオープンし、多くの香港人が向かった。映画館の閉館はネット配信発達の影響もあるものの、映画を観るのに香港では150~200香港ドル(約3000~4000円)かかるのに対し、深圳ではおよそ70元(約1500円)と、大きな価格差を生んでいる。深圳で買い物ついでに鑑賞する人も少なくない。 1997年の香港の中国返還から歴史たどると、2007年まで香港人はよく深圳に行き、買い物やレストランで食事をし、香港人が中国で“爆買い”していた。それはまだ中国が発展途上で物価が安かったからだ。通貨が異なる香港ドルの現金払いも深圳の人に喜ばれた。 07年1月に香港ドルと人民元の価値がついに逆転し、03年から段階的に中国本土の個人旅行が認められるようになり、今度は中国人が香港で爆買いを始めた。 ところが、新型コロナが潮目を変えた。香港ドルは1米ドル7.8香港ドルで固定しており、米ドル高は香港ドル高と同義ということになり、人民元と香港ドルの価値の差が再び縮まった。人流が20年前にタイムスリップしたのだ。また、20年に反政府的な活動を取り締まる国安法が施行され、政治的な不安から海外企業による投資や日本人をはじめとする海外からの観光客が減少したことも景気に少なからず影響を与えている。