紛争地ジャーナリスト・玉本英子:「砲弾がかすめ上空にドローンが」、ウクライナから伝える戦争のリアル
核の脅威
玉本さんがいま懸念を募らせているのは核兵器だ。広島、長崎に原爆が投下されて以降、核兵器が戦争で使われたことはない。しかし、ロシア軍はウクライナ南東部のザポリージャ原発を占拠し、国際原子力機関(IAEA)は視察に入った。プーチン大統領も核兵器の使用条件を示す「ドクトリン」見直しの意向を示し、核の脅威が増しつつある。 玉本さんは、核兵器の恐ろしさを父の被爆体験から痛いほど感じている。父は幼少期に一時寝たきりとなり、生死をさまよった。今でも広島の原爆の番組を見て、涙を流したりするという。「核兵器というのはその場で人を殺すだけではなくて、被爆者の中に入って原爆症や白血病をもたらし、トラウマで心も引き裂いていく。核兵器や原発を政治カードにするのは許されないことです」 こうした危険を覚悟の上、あえて戦地から報道するのは「どの国も自分たちに都合のいい情報しか流さないので、戦争の実相は現地に行かないと分からない」という思いがあるからだ。もう一つ記者として忘れてはならない視点として、こうも言う。 「ウクライナ軍戦没兵士の墓前で涙する遺族はたくさんいましたが、ロシアの側にも悲しむ遺族がいます。戦況報道だけではなく、戦争は何をもたらし、誰が犠牲になるのか伝えないといけない」
関心が減った時こそ危うい
ウクライナ侵攻から3年目に入り、国際社会の関心はやや薄らいできたが、「関心が減った時こそが危うい」と強調する。避難民支援をするポーランドNGOスタッフには、「支援や寄付が減り、活動を縮小せざるを得ない。関心の度合いで人々の命が左右されるなんて」と言われたそうだ。 国際社会では、停戦を求める声も出始めているが、玉本さんはこう言う。 「取材した兵士は『停戦すれば今、人が死ぬことはなくなる。しかし、占領下で住民は苦しみ、将来、失われた故郷を取り戻すために子や孫が命を落とすだろう』と話し、葛藤の中で戦っていました。破壊と殺りくをもたらす戦争は悪です。同時に侵略が何をもたらすのか考える必要があります」 北朝鮮のロシア派兵、トランプ次期大統領の選出で予想される米国のウクライナ離れ―。国際情勢などに「翻弄(ほんろう)されるのは、いつも『力なき市民』」と話す玉本さんはウクライナから目を離さず、発信し続けるつもりだ。