癒やしの音色を“触覚”で感じてメンタルヘルスに 名古屋大などのチームが臨床研究
波が打ち寄せる音や森の中の響き、美しい音楽は心を癒してくれます。これを“触覚”で感じられるようにして、メンタルヘルスに生かそうという臨床研究が始まります。 研究に取り組むのは、名古屋大学大学院情報学研究科の鈴木泰博准教授(56)と、イギリスの心理カウンセラーなどによるチームです。 自然の音やクラシック音楽などに含まれる「低周波」の成分を、皮膚を通じて体に伝え、その効果を調べます。
「低周波」に期待される効果は
低周波とはなんでしょうか。 「雷鳴がとどろいた時や和太鼓を叩いた時、耳だけではなく肌に感じたり、腹に響いたりするものがありますよね。あれが低周波のイメージです」(鈴木准教授) 今回の臨床研究に使うのは、お面のような器具で、裏にタオル生地が張られています。 額と顎の近くの2カ所から、自然の音や音楽に含まれる低周波が出ます。イギリスで11月から男女30人が参加する予定で、この器具を自宅で1日2回、10~20分間つけてもらい、3カ月間で睡眠の質や記憶力、情報処理力がよくなるかを調べます。 うつや注意欠如・多動症(ADHD)、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などのメンタル治療の分野では近年、向精神薬などの投薬に頼らない治療法が求められているといいます。触覚を通じたメンタルケアの効果が確認されれば、治療の選択肢の一つになりえます。 音楽を聴くことは心身の健康維持につながるとされ、「音楽療法」の一つとして知られています。「心地よい音色を聴覚とともに触覚でも感じることで、より大きなメンタルケアの効果が得られることが期待できる」と、鈴木准教授は話しています。
マッサージから「触覚の記録」へ
ヒトは、約20~20000ヘルツの周波数を「音」として感じるとされています。 臨床研究で使う周波数は40ヘルツ以下。40ヘルツは、ボリュームを上げると「ボー…」という音に聴こえますが、ボリュームを下げるにつれて周囲の音に溶け込んで聞こえなくなります。実験に使う器具を顔にあててみたところ、細かな振動を感じました。 この研究のきっかけとなったのは、マッサージでした。 鈴木准教授の妻はエステティシャンで、お客さんのどの部位をどのくらいの強さで押せば効果的か、独自の記号を作って覚えていました。情報学が専門の鈴木准教授はこれをヒントに、押す力の「長さ」と「強さ」を記録する「触譜」(しょくふ)というものをつくりました。 楽譜に似ていますが、横軸は押す力の長さ、縦軸は押す力の強弱を表します。感覚でしか把握できなかったものを記録することで、将来は介護ロボットなどに活用できる可能性があるといいます。 この「触譜」を振動(音)にも応用したのが、今回の研究です。自然の音や音楽の低周波振動を「触譜」を使ってデータベース化し、実験を受ける人に配信します。 心地よい音のサンプルを得るため、鈴木准教授は国内外を回りました。明治神宮(東京)や南禅寺(京都)、厳島神社(広島)、沖縄の霊場のほか、ヨーロッパの教会の音などを録音し、自動車などの雑音を除いた低周波成分を抜き出しました。「パワースポット」とも言われるこうした場所には、驚くほど豊かな低周波成分があったといいます。