エッセイ集のような記録文学がこれぞの配役でロマンス映画に(レビュー)
’86 年のアカデミー賞で作品賞・監督賞・脚色賞など7部門を受賞した『愛と哀しみの果て』。原作者はデンマークを代表する女性作家カレン・ブリクセン(紙幣に肖像が使われるほど)。本書のように英語で書いた作品ではイサク・ディネセンと名乗った(かつて日本ではアイザックと表記)。裕福な家庭で育った彼女はブリクセン男爵と結婚し、1914年にケニアに渡る。夫の女遊びがひどく、結局離婚するが、彼女はここに留まり、18年間コーヒー農園を経営。だが、最後には破産して40代半ばで故国に戻り作家となった。「農園で、あの国で、また平原や森の住人たちの何人かとの私の体験を、できるかぎり正確に記録すれば、それはある種の興味ある歴史になるかもしれない」。全体を通してのストーリーはなく、独立したエピソードが詰まったエッセイ集のような記録文学である。100年前の植民地ケニアの様子が生き生きと描かれた貴重な一次資料と言えるだろう。 彼女はアフリカに着いてすぐに「アフリカの人たちに強い愛情をおぼえた」。もう一つ彼女が愛したのがアフリカの大自然。感動と驚きをもって眼前に広がる風景をこう描写した。「空は淡い青からすみれ色よりも濃くなることはほとんどなく、そこには巨大な、重量のない、絶えずかたちを変える雲がゆたかにそびえたち、ただよっていた。……空は青い力を内に秘め……丘や森を鮮やかな濃い青に染めあげてみせる。日ざかり、大気は炎と燃えたち、活きいきと大地を覆う」。 本書の中に友人として度々登場するのがデニス・フィンチ=ハットンという狩猟家で、彼のプロペラ機で空からの美しい眺めを何度も楽しんだ。彼が墜落事故で亡くなるまでの二人の恋愛関係を描いたのが映画だが、彼女の伝記によると友人ではなく恋人だったのは事実らしい。カレンがメリル・ストリープ、デニスがロバート・レッドフォードという鉄板の配役。でも一番印象に残ったのはカレンの夫役クラウス・マリア・ブランダウアー。味のある演技が評価され、ゴールデングローブ賞で助演男優賞を受賞。時折見せる悪戯っ子のような表情がいい。 [レビュアー]吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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