IT訴訟解説:開発遅延を責められたベンダー社員が体調不良になった事件
ベンダー企業が肝に銘じるべき“不作為は罪”という言葉
無論、だからといってユーザー企業がベンダーに何を言ってもいいということにはならない。度を過ぎた言動は社会通念上許されない場合もあるし、本件のような債権債務の問題とは別に、ハラスメントとして訴えられることもあり得る。 そもそも、ベンダーを怒鳴ってもスケジュールの回復や不具合解消には直結しないし、下手をするとベンダーのモチベーションを下げてさらに悪い方向に向くかもしれない。ユーザー企業の皆さまには、この点を十分注意していただきたい。 とはいえ判決が示すように、ベンダーの社員が仕事でつらい思いをしていないか、健康を損ねることはないかを監視し、適切に対処することは、ベンダーの労務管理の問題である。社員がそうした状態にありながら放置したり、そうしたことが起きていること自体を認識していなかったりしたのなら、それはベンダーが自社の社員を罵倒し、追い込んでいるのと同じということだ。 もちろんベンダーの管理者にも経営者にも、そんなつもりはさらさらないだろう。しかし、たとえ悪意がなくても“不作為は罪”となる場合がある。 特にシステム開発の世界では、管理職が部下に仕事の指示を与える場面よりも、労務責任を持たないプロジェクトマネジャーが作業指示を出したり、ユーザー企業が直接仕事を依頼したりすることが多い。労務責任を持つ管理職たちは部下の仕事ぶりを目の当たりにしていないため、本判決のような状況が起きていることに気付きにくいという側面もあろう。 であればこそ、管理職は部下に必要以上に気を配り、頻繁に会話をするなどして仕事ぶりや心身の健康に気を配る必要がある。細かい作業が多く、根を詰める仕事であるシステム開発においては特に、そうした対応がベンダーに強く求められるように思う。
細川義洋
ITプロセスコンサルタント。元・政府CIO補佐官、東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまでかかわったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わった
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