日本製鉄鹿島の中島彰一監督、退任へ 甲子園決勝で桑田から3ラン
第49回社会人野球日本選手権大会に出場中の日本製鉄鹿島の中島彰一監督(58)は3日、監督通算16年目の今季限りで退任することを明らかにした。 【熱戦を写真で】三菱重工West vs 日本製鉄鹿島 中島監督は現役時代は捕手で、茨城・取手二高3年だった1984年夏の第66回全国選手権大会決勝でPL学園高の桑田真澄投手から3点本塁打を放つなどして優勝。東洋大を経て住友金属鹿島(現日本製鉄鹿島)でプレーした。 2002年から7年間監督を務め、退任後は社会人野球日本代表コーチなどを歴任。15年12月に2期目となる監督に復帰した。 日本選手権1回戦は三菱重工Westに2―1で勝利。中島監督の試合後の主なコメントは次の通り。 ◇日本製鉄鹿島・中島彰一監督 私はこれで最後なので、卒業式みたいな。選手もそんな思いで戦ってくれた。1点差だったので「終わってしまうかもしれない」とドキドキして、最後は涙が出ました。監督として(住友金属鹿島時代も含めて)16年目になる。これでユニホームを脱ぐという中で、選手たちには「一瞬でも、一試合でも長く野球をやらせて」とお願いしてます。