「人を安くこき使うのも経営手腕」30年間賃金を上げなかった日本の経営者の"残念すぎる"体質
■若者の存在意義は高まっているのに初任給は上がらない 【アトキンソン】私が就職した頃はまだ手書きの時代です。そういうアナログの時代には日本でよく言われる「勘」や「記憶」といったものがとても重要で、若手社員よりベテラン社員のほうが有利だったといえます。 しかし、デジタルが主流のいまの時代は、そうしたものがまったく重要ではないんです。自分たちの世代はデジタルのことがよくわからないので、若い人に頼るしかありません。そういう意味でも、若い人の存在意義は昔よりも大きくなっています。 それにもかかわらず、日本は初任給がほぼ上がっていませんし、40~50代との賃金差も諸外国に比べて著しく大きくなっています。 かつては、大卒男性の初任給は最低賃金の2倍以上ありましたが、現在は1.5倍もありません。高卒の場合ですと、1.2倍を切っています。やはり、賃金体制自体も見直さなければならないのではないでしょうか。 【古屋】高卒の初任給は、ほぼ最低賃金ですからね。 ■最低賃金を経済政策の中心に据えるべき 【アトキンソン】昔は最低賃金と初任給の差が大きかったため、最低賃金を引き上げても正規雇用にはそれほど影響はありませんでした。ところが、ここまで最低賃金が上がってしまうと、正規雇用に対して影響を与えるようなところまできてしまっている。最低賃金は今後も上がると予想されますので、その差はさらに縮まっていくでしょう。 これは私がずっと言ってきたことなのですが、もはや最低賃金を福祉政策などではなく、経済政策の中心に据えるべきなんです。大卒と高卒の初任給の差もだんだん縮まってきています。高卒の初任給と最低賃金が近いため、高卒の初任給が押し上げられているんです。 【古屋】強制的に上がっていっていますよね。 【アトキンソン】そんなの、情けないと思いませんか? 【古屋】経営者が自分で上げるよりも、行政がルールをつくるほうが、上げ幅が大きいということですよね……。 【アトキンソン】私が社長を務める小西美術工藝社は高卒が多いので、高卒の初任給を大卒と同額にしました。もともと17万くらいだったのを、21万円にしたんです。 初任給を大幅に上げて経営に何か影響があったかというと、ほとんどなかったんですよ。利益は余り変わりませんし、離職率が減って採用数が増えるなどメリットのほうが大きい。 計算してみればすぐわかりますよ。例えば年収600万~800万くらいの50代後半の給料を1割上げるのは大変ですが、若者の初任給を1割上げたからといって、全然大したことはない。払ってもお釣りがくるくらいです。 そういう意味では、若い人の給料を上げるということがいちばんのポイントです。先ほど言ったように、50~60代の人たちの給料を上げても、貯金に回るだけですから。 【古屋】やはり企業は若者から投資すべきだ、ということですね。人への投資を増やすことは、取引価格を上げて賃上げの原資を得られるかどうかに左右されます。取引価格を上げられるかどうかは、その会社の技術や専門性が評価・信頼されているかどうかに基づきます。 そう考えると、賃上げができるかどうかによって、経営力そのものが問われていますよね。 ---------- デービッド・アトキンソン(でーびっど・あときんそん) 小西美術工藝社社長 1965年イギリス生まれ。日本在住31年。オックスフォード大学「日本学」専攻。裏千家茶名「宗真」拝受。92年ゴールドマン・サックス入社。金融調査室長として日本の不良債権の実態を暴くレポートを発表し、注目を集める。2011年より現職。著書に『日本企業の勝算』『新・所得倍増論』など多数。 ---------- ---------- 古屋 星斗(ふるや・しょうと) リクルートワークス研究所主任研究員 1986年岐阜県生まれ。リクルートワークス研究所主任研究員、一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。2011年一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻修了。同年、経済産業省に入省。産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、「未来投資戦略」策定に携わる。2017年4月より現職。労働市場について分析するとともに、学生・若手社会人の就業や価値観の変化を検証し、次世代社会のキャリア形成を研究する。 ----------
小西美術工藝社社長 デービッド・アトキンソン、リクルートワークス研究所主任研究員 古屋 星斗 構成=岩佐陸生