「弱者への鈍感さに対する反発心が…」映画監督・西川美和が”落合博満”を描いた作家・鈴木忠平に語る「正しさ」への違和感《2人が「欠落」に惹かれる理由は?》
映画監督・西川美和さんが、「Number」「文藝春秋」で5年間にわたり連載していたエッセイが単行本『ハコウマに乗って』としてまとまった。 その刊行を記念し、「西川作品の大ファン」であり、『嫌われた監督』で知られるノンフィクション作家・鈴木忠平さんを迎えての対談が実現。西川も、以前から鈴木の「けれんみのある文章」に注目していたそうで、2人の創作論は、文章/映像、フィクション/ノンフィクションという垣根を越えた刺激的なものになった。スポーツ好き、ノンフィクション好きにはたまらない表現を巡る対談、その一部を公開する(対談ノーカット版はNumberPREMIERのポッドキャストでお聴きいただけます)。 「西川さんの家のなかがちょっとだけ想像できるようでした。自分の興味は、西川さんってどういう人なのか、書き手としての西川さんはどんなふうに仕事をしているのかということですから、嬉しいというか」 『ハコウマに乗って』を読んだ鈴木はこう評した。西川の映画作品自体については新作のプロモーションのインタビューなどで知ることができるが、そこでは窺いしれない西川の私生活が書き手としては気になるらしい。 このエッセイ集では、ところどころで西川の生活感が垣間見える。 <またオリンピックか。困るんだ、こうしょっちゅうやられては。(中略)にもかかわらず、始まってしまえば猫にマタタビ。(中略)手に汗握り、自律神経が狂うほど興奮し、夜中に全ての中継が終わった頃にはぐったりして机に向かう気力も失っている。「勇気を与えられた」はずなのに、いま目の当たりにしたアスリートの万分の一も頑張らずに寝る。お前はバカか、と自分でも思う。> こんなクスリと笑える私的なエピソードも含め、2018年から5年にわたって「Number」「文藝春秋」に掲載されたエッセイをまとめた本書は、スポーツから政治、はたまた自身の過去の忘れがたい思い出までが綴られている。これまで映画にまつわるエッセイの多かった西川にとって、ある意味で異色の一冊とも言えるだろう。 しかもその間に、コロナ禍という誰も想像し得なかったことが出来しており、映画「すばらしき世界」の公開を控えていた西川自身にとっても、何が正解か分からず、苦悩しながらも、映画界のために行動を開始する様が赤裸々に綴られている。 たとえばハラスメント問題。西川含め、是枝裕和監督、内山拓也監督らが所属する「action4cinema」(日本版CNC設立を求める会)が制作、2023年WEB上で配布をスタートさせた『制作現場でのハラスメント防止ハンドブック』についても、 <お前ピンときてないだろ、と何度も何度も何度も言われなければ大人の脳みそは変われない、いや、どう変えていいかすらわからないのだと、私自身も思う。(中略)一番の目的は「このハンドブックだけでは足りないな」と多くの映像人が感じてくれること。人間は簡単に変われないが、学ぶ場につくことはできる。まだまだ、学べる。> と、過去の自らの映画制作の過程の振り返りも含め、ありのままの心境が書かれている。
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