ホンダ日産統合で激変? ガチのライバル[アキュラ]と[インフィニティ]の未来はどうなる?
■アキュラが先行した日系プレミアムブランドの歴史
ここで改めて、日系プレミアムブランドの歴史を簡単に振り返りたい。 先行したのはアキュラだった。ホンダは北米市場において、ホンダブランド全体の「半歩上」にアキュラを位置付けた。ホンダブランド全体の上位に位置するのではなく、ホンダ本来の商品性に上質さとスポーティさを盛り込んだ、「半歩上」というイメージで、その筆頭が「インテグラ」だった。 こうしたホンダの動きに対して警戒感を持った、北米トヨタのアメリカ人幹部らが、トヨタ本社にトヨタ版プレミアムブランド創設の必要性を粘り強く説明したという経緯がある。 当時、筆者はホンダ、トヨタ、日産が北米事業の拠点としていたカリフォルニア州ロサンゼルス周辺で3社の関係者と意見交換する機会が多かった。そうした中で、トヨタのアメリカ人関係者は「(トヨタ本社は)大きな岩のようで最初はびくともしなかったが、一度動き出すとその速度は急速に増した」という表現を使っていたことを思い出す。 こうしたアキュラ、レクサスの動きと並行するかのうように、日産もインフィニティ新設を協議したものと考えられる。
■新規参入が続くプレミアム市場
このようにして始まったアキュラ、レクサス、インフィニティだったが、商品としての実態は事業開始の初期は、ほとんどのモデルがホンダ、トヨタ、日産の既存モデルの改良に留まった。 そのベンチマークとなったのは、ドイツ勢だ。メルセデス・ベンツ(当時はダイムラー)の「C」、「E」、「S」クラスと、BMWの「3」、「5」、「7」を後追いするイメージだ。アメリカのメディアでも、こうした商品軸で日独プレミアムの比較試乗を取り上げることが少なくなかった。 その後、90年代後半から2000年代にかけて、北米市場でSUVシェアが一気に拡大し、プレミアムブランドでも収益性の高いSUVに、デトロイト3(当時のビック3)やドイツ以外の欧州系、さらに韓国系が参戦するという図式になっていく。 そこに、SUVとセダンのクロスオーバーにもモデル展開が派生し、各プレミアムブランドのモデルラインアップが増えていったのだ。 さらに、超プレミアム系が参戦して来る。2000年代のポルシェ「カイエン」を皮切りに、2010年代に入るとベントレー、ロールスロイス、ランボルギーニ、さらに2020年代にはフェラーリと、プレミアムSUV(クロスオーバー)の超高級化が加速した。