藤井聡太に挑戦中「豊島将之九段」が“人”との練習やめた訳 “孤高の努力家”が「棋聖」となるまでに行ったこと
豊島にとって5度目のタイトル挑戦が2018年夏に巡ってきた。第89期ヒューリック杯棋聖戦は、羽生善治がタイトル通算獲得100期をかけた防衛戦でもあった。 前夜祭の話題は羽生が中心だったが、豊島にはそれはむしろありがたかった。「これまでは自分が初タイトルを獲るかと注目されてきました。(違う雰囲気の中で)流れが変わるかもしれないと思いました」。豊島が先行した五番勝負は、第4局で羽生が勝ち、最終局へともつれ込んだ。
初めてタイトル戦に出てから7年半がたっていた。その間に、関西若手から糸谷哲郎が竜王、菅井竜也が王位を獲得した。斎藤慎太郎も前年の棋聖戦で羽生に挑んだ。斎藤は豊島が20歳で王将に挑戦したとき、まだ三段リーグで、第4局では記録係を務めていた。 20代前半は、負けてもまた挑戦できると思っていた。だが棋士のピークは25歳くらいに訪れるとも言われる。早く結果を出さなければという気持ちが強くなった。チャンスは何度もあった。24歳で王座、25歳で棋聖、27歳で王将に挑戦。しかし、いずれも敗れた。
「自分はこのままタイトルを獲れないんじゃないか」 そんな不安が心をよぎった。 棋聖戦の2カ月前、王座戦二次予選で都成竜馬五段(当時)との対戦があった。その様子を棋士室のモニターで観ていた畠山は「今日の豊島さんは落ち着いていて、よい姿勢ですね」と言った。張り詰めた空気がない。なにかフワッとした丸いものに包まれた感じがした。この対局に豊島は敗れたが、感想戦で互いの読み筋を交わし合う姿は楽しそうだった。
豊島に変化を感じたのは畠山だけではない。棋聖戦が開幕する一月前、豊島は地元愛知県の岡崎将棋まつりに参加した。毎年多くの棋士が出演して、2日間にわたってファンを楽しませる。 前夜祭の後、若手棋士たちが集まって飲み交わすのが恒例になっていた。室谷由紀(女流三段)は「豊島さんは来てくれないだろうな」と思っていた。彼がこうした席に顔を出すことは何年もなかった。だがこの日は集まりの場に来て酒を口にしないが楽しそうに過ごした。室谷の中でそれは驚きだった。