藤井聡太に挑戦中「豊島将之九段」が“人”との練習やめた訳 “孤高の努力家”が「棋聖」となるまでに行ったこと
畠山鎮八段は、奨励会幹事を務めていたとき「この子はあまり厳しく追い込まないほうがいいかもしれない」と思った。 「小5で2級でしたが、将来強くなるなと思っていました。ただ物静かな反面、自分の将棋観が崩れたときにイライラして必要以上にもがいている。そんな脆さがあった」 四段には間違いなくなるだろう。だがA級、タイトルを獲るかという視点で見たときに大丈夫だろうか。「傷ついて将棋との距離を置いてしまったら、普通の棋士になってしまうかもしれない」。そう感じていた。
ソフトがない時代だったら、豊島はもっと早くタイトルを獲っていたと畠山は思う。ソフトとの距離感で悩み、自分を追い込みすぎてしまったのではないか。対局や感想戦の様子を見ていると、「誰を相手に戦っているのだろう」と感じることがあった。 家に籠って研究し続けることは、精神的にもつらい。コミュニケーションのない孤独な作業だ。畠山は、豊島は賭けたのだと言う。 「ソフトという人間よりもミスの少ないものに。もしかしたら、それによって潰れるかもしれない。でも、絶対これで強くなるんだと」
最後にこう言った。 「未だにそれに賭けきれない棋士が、多いのではないか」 ■豊島九段の変化 豊島は語る。 「高校時代は、学校が終わるとずっと棋士室にいました。クラスの友だちと遊ぶことは、ほとんどなかったですね。 独りで将棋の研究をしていても、寂しさは感じません。コンピュータも手を示したら返してくれるので(笑)。電王戦の後しばらくは、ソフトは友だちみたいな感覚だったかもしれません。いまは先生みたいな感じですけど。
ソフトも使っていくうちに、どういう思考をしているのかわかってきます。昔はよく間違えることもあったので『さすがにそれは、ないんじゃないの』とか。思考といっても計算しているだけなんですけどね。 コンピュータは局面の検討に使っています。評価値で示してくれるのが刺激的というか。でも人間と指すほうが、圧倒的に楽しいです。 いまは自分の棋力が伸びていると思って、将棋を指しています。でもそれが下り坂になったら。35歳、40歳になって、だんだん勝てなくなったときに、それでも頑張るということがどういうことなのか。続けていけるのかと、よく考えます。師匠(桐山清澄九段)の将棋を見ていたら、やっぱりすごいなと思います」