渋谷TSUTAYA開業1カ月の通信簿 リニューアルは成功か、失敗か
生活者はただ店頭に並んだコンテンツに出合いたいのではなく、体験を通じて共感し、その結果として消費行動に移りたい。そんな姿へと価値観が変化していく事実に気づいたという。「自分のフィルターを通して誰かに伝えることで、さらに心が動く」(鎌田氏) そこで、コンテンツを主語に何らかの体験ができることこそが、リテールビジネスの未来だと考えたのだという。その仮説に基づいてフロア設計に落とし込んだ結果こそが、SHIBUYA TSUTAYAというわけだ。 ここで一つ、疑問がある。物販を減らして、本当にそれを補うだけのもうけを得る勝算があるのか、ということだ。ランドマークゆえに、不動産運営に当たってはコストと手間もかかる。十人十色の“推し活”需要には、進展著しいオンラインビジネスの方がきめ細かな体験を生活者一人ひとりに対して提供しやすいという見方もある。極端なことを言えば、店舗からこの機会に撤退し、CCCが培ってきたデジタルのノウハウで、未来志向の体験を演出する方が効率的ではないのか。 高橋氏は、リアルな場は今後もCCCにとって、そして渋谷にも欠かせない存在だと断言する。「というのも、これからのコンテンツを中心としたリテール事業は、スマホだけでは完結しない世界へと進展していくからだ。スマホでつながるデジタルの世界と、空気を感じることができる現実の世界との間をシームレスに行ったり来たりして、そこからいろいろなトレンドが生まれていく。それが新しい潮流になると信じている」(高橋氏)。 だからこそ、たとえ物販が減っても、十分体験で収益を得られるとそろばんをはじく。1日当たりの来場客数も、ピークだった2万人を上回る3万人が目指せると強気だ。約半歩先を行く新しい時代のリテールビジネスを志すSHIBUYA TSUTAYAの収益構造は、「物販3割」「プロモーション4割」「シェアラウンジなどで3割」だという。 ●全国に「ミニSHIBUYA TSUTAYA」はつくらない では、CCCのもくろみ通りSHIBUYA TSUTAYAが成功したら、代官山で試したフォーマットそのままに同じような蔦屋書店が全国に生まれたように、「ミニSHIBUYA TSUTAYA」が次々と各地に生まれるかという、どうやらそういうわけではなさそうだ。 「(SHIBUYA TSUTAYAを)コピーするという発想に立つと、同じものをただたくさんの場所に持っていくことがビジネスの目的になってしまう。それでは全国各地の生活者の“好き”の気持ちに応えられない」と高橋氏。あくまで生かすのはエッセンスやビジネスモデルにとどめて、各地の新生TSUTAYAでは、地方地方ごとにマッチした体験価値をつくっていきたいと話す。 体験を重視するCCCの姿勢は、コンテンツホルダーの心を動かしつつある。現在CCC側から積極的に企画提案しているのは、「デビュー○周年」「発売○周年」といったアニバーサリーに関するイベントだ。既に候補リストにはずらりと名前が並んでいるといい、特に1階のイベントスペースを活用して月替わりペースで次々と話題づくりをしかけていくという。 目標は、特別なイベントを日本でたった1カ所でしかできないとしたら、いの一番にSHIBUYA TSUTAYAで絶対開催したいと、コンテンツホルダー側から指名してもらうことだ。長年、渋谷はファッションや食のトレンド発信基地として若い男女を吸引し続けてきたが、同じように全国、そして世界からファンらがコンテンツを求めて必ず訪れる聖地になる可能性は十分ありそうだ。 「IP書店」と名付けた6階フロアが、SHIBUYA TSUTAYA中でも特に客でごった返しているのを見ると、その仮説があながち間違っていないことを示していると言える。まだ全国区でよく知られているわけではないが、一部で熱狂的なファンが付きつつある「これから来る」との呼び声の高いアニメやコミック関連のグッズがずらりと並ぶ。 人気の秘密は、グッズの半数以上がこの店でしか買えないというレア度の高さにある。「購入制限のご案内 お一人さま1点まで」──。こんなPOPを並べたコーナーが目立ち、売り切れている商品も目立つ。冒頭のBATTLE OF TOKYO『超東京拡張展』と様相はよく似ている。 「“好き”が多様化し、昨今は一人の中にもたくさんの“好き”が共存している。強力なワンコンテンツをぐっと推すのではなく、SHIBUYA TSUTAYAではみんなのすべての“好き”のいずれかに出合える場にしたい」(高橋社長) これまで、たくさんのものをたくさんの人にとにかくどう売るかで勝負してきたリテールの世界。CCCがSHIBUYA TSUTAYAで試みる「物販から体験」への軸足の転換は、なにもコンテンツビジネスだけが求められていることではない。もちろん、高橋氏が語ったようなオンラインとオフラインのバランスをどう取って融合を図るかという課題にも、多くの企業が直面している。 CCCは次世代リアル店舗の鍵は「物販3割、プロモーション4割、シェアラウンジなど3割」と見積もったが、他の業界ではどうか。その比率をはじき出すには、従来の概念に縛られない大胆な発想の転換が欠かせないこと、は言うまでもない。
高田 学也