パリ五輪後、錦織圭と大坂なおみの現在地とこれから
大きな結果に恵まれない大坂なおみだが、焦る必要はない
産休から1年3カ月ぶりの復帰を果たした大坂は、2024年シーズン開幕からプレーを再開した。母親になっても強力なサーブとグランドストロークは健在で、「私は、前よりもっと強くなったと思います。少なくとも以前に見せていた弱気とは違います」とメンタル面での成長を語った。大坂は、WTAスペシャルランキングの制度を利用し、産休に入る前の46位でエントリーして、復帰2戦目となったオーストラリアンオープンでは1回戦敗退に終わった。 ローランギャロスでは2回戦で姿を消したが、最終的に優勝したイガ・シフィオンテク(大会当時WTAランキング1位)から1セットを奪い、マッチポイントを取るところまで追いつめた。レッドクレーを最も得意とするシフィオンテクに対して、レッドクレーを得意としない大坂が善戦して内容の濃い試合だった。 その後、ウィンブルドン2回戦敗退、パリオリンピック初戦敗退、大舞台で結果を残せず、さらにWTA1000・シンシナティ大会では予選から出場して2回戦で負け本戦に進出できなかった。大坂にとって、この予選敗退はよほどのショックだったらしく、8月13日に自身のインスタグラムにて長文で現在の心境をつづった。 「この数時間、自分がどう感じているのかを整理しようとしました。20年以上もテニスをやっていれば、負けはつきものです。負けから学んで、そこから学んだことを試すために、次の機会を待ち望んでいます。でも、私の最大の問題は、負けたことではありません。自分の体が、自分のもののように感じないことなのです。不思議な感覚です。 ミスしてはいけないボールをミスしたり、以前打っていたボールよりも柔らかいボールを打ったり。『どうなっているの?』。私は自分自身に言い聞かせます。でも精神的には本当に疲れます。この瞬間は、おそらく、これまでのすべての試合からすれば、ほんの小さな局面なのでしょう。 今の感覚は、いわば産後のような感じ、ということでしょう。それは怖い。というのも、私は3歳からテニスをしていて、テニスラケットは自分の手の延長のように感じるべきものです。なぜすべてが、ほとんど新しいもののように感じなければいけないのか理解できない。呼吸をするのと同じくらい簡単なはずなのに、そうではなくなっている。私は、たった今まで、その事実を自分に認めていなかったのです。 ずっと私はこの経験から何を得たいのだろうかと考えました。そして、あることに気づきました。私はプロセスを愛しています。毎日仕事に打ち込み、最終的に自分が望むところに到達する機会を得る。人生は保証されたものではない。だから、今ある時間でベストを尽くしたい。 娘には、努力と忍耐があれば、多くのことを成し遂げられることを教えたい。娘にはスターを目指してほしい。夢が大きすぎるとは思わないでほしい。 人生には約束されたものなど何もありません。できる限り努力し、最後の最後までベストを尽くすことを自分自身に言い聞かせています」 実に、物事をまじめに謙虚にとらえる大坂らしい哲学ともいえる捉え方だ。2024年年初、大坂のWTAランキングは831位だったが、現在90位(8月12日付)にまで戻してきている。大坂本人は不満かもしれないが、順調と見るべきではないだろうか。 ただし、テニスは対人競技であるがゆえに、自己の哲学だけでは解決できないことが当然存在する。 忘れてはならないのが、ワールドプロテニスは、マクロ的に見れば毎年進化をし続けている、ということだ。これを不文律といったら、少々オーバーに聞こえるかもしれないが、長年プロテニス界に身を置き、現場を見続けてきた選手やコーチやメディアなら理解していることだ。 ミクロ的な存在である選手が、プロテニス全体の進化を知らずに、自らの進化を怠れば、運が良くて現状維持で、大概はジリジリとランキングを下げていくのが通例だ。だからこそ、選手は厳しい練習を自らに課し、鍛えあげて試合に臨むのだ。聡明な大坂には、この点を見落としてほしくはない。「ニューヨークで会おう」と語った大坂は、USオープンでは本戦のワイルドカードを獲得して2年ぶりに出場する。それまでに、心技体を整えた”新しい大坂なおみ”を見ることができるのか心待ちにしたい。